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慳貪の神さま
「店主を出せ!おまえのような若造じゃ話にならん!」
「あ、ここの店主、私です」
神さましかいない国で商売をする。
これがとても正気の沙汰ではないことはおわかりだと思う。
新参者の私は、その正気ではない神々の末席の端っこにできたささくれみたいなものだ。
私は文字の神と呼ばれているが、呼ばれる度に申し訳なさに悶えてぬかみその中に頭を突っ込んで息絶えてしまいそうになる。
ただ、ぬかみその中にも大先輩の神さまがおられるので、そんな畏れ多いことはできない。
さて、何を話していたのか忘れてしまった。
「わしは冗談は嫌いだ。今すぐ店主を呼べ!」
そうそう、神さまの有意義なご意見に対応しなくてはならないんだった。
「慳貪の神さま。このような若輩者が店主を名乗っていること、お腹立ちでしょうがお許し下さい。いつもお引き立ていただいてありがとうございます。先日のあれはお気に召されましたか?」
慳貪の神さまはどんなことにも決して満足しない。
慳貪とはドケチのことだが、面と向かっては言いにくい。
言ってるけれど。
「あの時は渋々受け取ったが今朝はどこに置いてもさっぱり映えぬ。とても支払いはできぬな」
今回に限らず、これまで百回ほど慳貪の神さまに文字を納めているが、お代をいただけたことがない。
昨夜は推しの雷神さまが独演会を催していたから、雨神さまがまだ荒ぶっているのだろう。
世界が少々薄暗い。
「申し訳ございません。私が未熟なせいでご不快な思いをさせてしまいましたね。ひとつコツがございます。それを額の位置まで掲げてご覧いただければ輝きが戻るはずです」
ここは慳貪の神さまの額の広さと照りに頼りたいと思う。
試してみて、慳貪の神さまは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん。それよりこの紙がガタガタとして真円ではないのはどういうことだ」
「私はご注文をいただいてから手でひとつひとつ紙を切り出すのでございます。よい紙ほど切りづらいものです、そしてそれが味となります。ひとつとして同じ物はございません」
これに関しては私が不器用なだけだが、言わなくてもいいことだろう。
言うべきことは他にある。
「慳貪の神さま、言いづらいことなのですが……」
「では言う必要はないではないか」
どうにも手強い。
「ご準備をされていたら大変申し訳ないのですが、いつであればお代をいただけますか?」
「気に入らぬ品だ。支払いをする気はない」
「慳貪の神さま、あの貼り紙はお読みいただけましたか?『文字一つにつき一珠いただきます』と書いてあります。私は癖字ですので、もし読めなかったら申し訳ないと思いまして念のため読み上げさせていただきました」
「慇懃無礼な奴だな」
どっちもどっちの無礼比べだ。
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