卒業。

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 僕は今日、この恋を卒業する。  初めて彼女への恋心を自覚したのは、中学一年生の頃。  クラス後方の窓際の席、春の暖かな日差しを受けて僅かに俯く君の、美しい横顔を目にした時。  今にして思えば、きっとあれは一目惚れだった。  それからは、事あるごとに彼女を目で追っていた。  授業中、当てられた君の小さく可愛い声を一際耳を澄ませて聞いたり、黒板に回答を書く小さな背中と、手首を覆う長いカーディガンの袖から覗く白い指先を眺めたり。  休み時間、一人静かに読書をする様子を盗み見たり。  落書きの目立つ教科書や、少しぼろぼろの筆箱や上履き。壊れた文房具を使い続ける物持ちの良さ。  些細な彼女のことを知る度に、胸が締め付けられた。  だけど僕の恋はあまりに控え目で、そして不器用だった。  面と向かってアプローチなんて出来る筈もない。  毎日同じ教室に居て尚、声を掛けたり、挨拶すら交わしたことはなかった。  目立たない僕の存在を、君が認識しているかどうかも怪しい。  それでも良かった。  仄かな恋心は、彼女を見ているだけで満たされたのだ。  けれど、約一年間続いたこの恋は、今日をもって卒業することになる。  何しろ、これからは一方通行の恋じゃなく、彼女の一番傍で、ずっと一緒に居られるのだ。  そう、これはまさに両想いだ。  これからこの胸に抱くのは、淡い恋心ではなく、確かな愛。  彼女が歩み寄ってくれる、そのことが何より幸せだった。  結局最後まで、告白することも、言葉を交わすことも出来なかったけど。  もうそんなのはどうだって良かった。
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