卒業。

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 だって、彼女は今日、僕が死んだのと同じ、この屋上の柵の向こうに来てくれた。  僕と同じになりに来てくれたのだから。  ぼろぼろの靴を脱ぎ震える足も、冷たい風に靡くぐちゃぐちゃの髪も、絶望と涙の滲む表情も、これから自ら人生を卒業する彼女の全てが愛しかった。  屋上に投げ捨てられた鞄から覗くのは、遺書と言う名の卒業証書だ。    それでも中々あと一歩踏み出せない彼女に、僕は初めてのアプローチをする。勇気が出ない時に背を押してやるのが、恋人の役目だろう。  僕は初めて、意を決して彼女の背に触れる。  今まで震えているのを眺めるだけだったその背中は、思っていたよりずっと小さかった。  押されるまま一歩踏み出し、まるで恋のように一瞬にして落ちる寸前、彼女が僕を振り返る。  そして彼女の大きく見開かれた瞳は、初めて僕を見てくれた。  声もなく落ちていく彼女を眺めながら、僕は歓喜に震える。  彼女の目に映った僕は、どんな顔をしていただろう。  変に見えていないと良いな。だって、これからは恋人なんだから。少しでも良く思われたい。  ああでも、あの日一目で恋に落ちた君の泣き顔のように、生きるのに絶望した表情は出来ていない気がする。  だって僕は今、幸せだ。  生きていた頃よりも、君が死んでくれる今が一番幸せだ。 「卒業おめでとう。……いらっしゃい、僕達の世界へ」  やがて地面に祝いの赤い花が咲いたのを見て、僕は改めて、君を愛せる幸せを噛み締めた。
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