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 自己紹介が遅れてしまった。  わたしの名前は(おおとり)那由多(・なゆた)。  いつもならば同居人で、便利屋を営んでいる柴本光義(しばもと・みつよし)の奇妙な日々を観察しては記録を付けている。    ところが、わたしたちが暮らす家の持ち主であり、海の向こうからこの報告を楽しみにしている眞壁(まかべ)氏から 『たまには柴本のことじゃなくて、君のことも教えてよ』 と言われ、どうしたものかと悩んでいたところだった。  平凡で退屈なわたしの毎日など、わざわざ語るに値しない。つい先日まで、本当にそう思っていた。    けれどもそんなことを言い続ければ、わたしだけではなく周りの人たちのことも(おとし)めることになってしまう。  最近、ようやくそのことに気付き始めた。   **********    渡部係長はわたしと猫塚くんをじろりと見てから、大げさにため息をついた。  止められないタバコと大好きな缶コーヒーのせいで息が臭い。   「猫塚くんも、入ってどれくらい経つ? いつまでも他人におんぶにだっこじゃ話にならないぞ」 「はい。申し訳ありません」  入社して1ヶ月足らずの新人に言う言葉ではない。  助け舟を差し出したいところだけれど、藪を突いて蛇が出てくるだけになりかねないから恐ろしい。   「まぁ、冗談は置いといて。  新しく入って来たのが自由気ままな猫虎族(ねこぞく)って聞いたときにはどうしようかと思ったよ。  滅茶苦茶に引っかき回すんじゃないかってね。あはははは。でも君、意外としっかりしているよね」    どこに冗談の要素があるのか分からない言葉に続いて、明らかな種族差別(レイシズム)発言。  さすがにこれは抗議せねばと考えるわたしの横で、猫塚くんは  「はぁ。ありがとうございます」    顔に貼り付けた笑顔に反し、尻尾は左右に大きくぶんぶんと揺らしている。明確な拒絶のサイン。  終業間際に無駄話に付き合わされるのは、どこの誰だろうと嫌に違いない。   「で、まぁそんな頑張り屋の猫塚くんなら、これをやってくれるよね」  厚さ5センチくらいはありそうなA4紙の束を、机の開いている場所にどすんと置く。 「えっ」  呆気にとられるわたしと、明らかに生気をなくした猫塚くんなど気に留める様子もなく   「それ、明日までに纏めておいてくれ。朝イチの会議で使うから。それまでに頼むよ」  それだけを言って颯爽と去って行く加齢臭もとい係長の背中に、帰り道に落ちているうんことか踏んでしまえと心の中で念じた。
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