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3.
わたしが残していた仕事はすぐに終わった。
すぐに帰ることも出来たけれど、山のような資料を前に途方に暮れる猫塚くんを放っておくことは気が引けた。
終業時間が来てすぐ、邪魔しかしない上司がいなくなってから――次は何を押し付けられるか分かったものではない――会社支給のノートPCを持って移動した。
わたしが入社した直後くらいにフリーアドレス制に移行していたので、席の移動は問題ない。いちおう、誰がどこに座るのかは慣例的に決まっていたけれども、猫塚くんの隣の人はPCを畳んで帰宅準備を始めていた。
ひどいね。手伝うよ。そう言いながら右隣に、ノートパソコンを広げ直して席に着く。
同居人には遅くなるので夕飯はいらない旨を通信アプリで伝達済みだ。
「あの、えっと――すみません、助かります」
作業の手を休めないまま、猫塚くんは心底申し訳なさそうに頭を下げた。新人ひとりでは、徹夜をしたところで明日の朝まで間に合うのか怪しい量である。
ひとまず、現在進めている部分とは関係なさそうな箇所を半分ほど受け持つことにした。
手元の資料をめくりながら、ファイルに情報を入力してゆく。
係長、淡海灘の沖に沈めてお魚さんのご飯になって頂いた方が世のため人のためだよね。
「えっ?」
手を動かしながら、ついうっかり心の声が漏れてしまった。横を向くと、猫塚くんがドン引きした顔でわたしを見ていた。
ごめんね。言ってみただけ。やらないよ。数秒前の自分をフォローしてみるけれど、もう遅い。
「鴻さんって、時々すっごいこと言いますよね」
うーん、そうかなぁ。昔はそうでもなかったけど――ああ、同居人の影響か。
ルームシェアを始めて10ヶ月くらい。口の悪い言い回しが伝染ってしまっていけない。
いや違う。彼ならこういう陰口は叩かない。多分もっと違う方法を取るだろう。
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