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 人間や獣人、それに絶滅寸前の希少種族までもが暮らす河都市(こうとし)では、多様かつ開放的な気風が育まれている。けれどもそれは、すべての住民が平等であることを必ずしも保証している訳ではない。  バックグラウンドの異なる人々が近しい場所で暮らせば、差別や階級は自然に発生してしまう。  そしてその度合いは、人間種だけが暮らしていたわたしの故郷よりも遥かに強い。    他種族共存を掲げていても、社会の中心となっているのは人間種だ。  獣人種はその次だけれど、起源によって順位はかなり変わってくる。  彼らのなかで最も数が多く、かつ人類の最古の盟友である――共存の歴史は数万年前まで遡る――犬狼族は、人間種(わたしたち)とほぼ変わりない立ち位置に居る者も少なくない。  人間と犬狼族だけを見れば、種族の平等は保たれているように見える。    けれども犬狼族ではない、彼らが言うところのにとっては、種族平等の概念など絵空事と言っても良いかもしれない。  社会的に権威のあるポジションにある者もいるけれども非常に少なく、社会の外縁に押しやられる人々の方がずっと多い。  そうした中では猫塚くんの立ち位置はまだマシな部類であると言える。下層に転落しないギリギリの立ち位置。  そして、そこから弾き飛ばされないように必死なのだ。    冬でも雪がほとんど降らない温暖な気候に、多様で開放的な文化を重んじ、人間も獣人も自分らしく暮らす理想郷。  雪深い故郷で暮らしていたときには、漏れ聞く情報からそんな風に思っていた。  けれども実際に住んでみれば、抱えている問題の種類は違えども、楽園とは程遠い場所だった。  自分の見識の狭さに思わずため息が漏れる。ほぼ同時に、猫塚くんが立ち上がり   「疲れちゃいましたね。コーヒーでも買って来ますよ」  気を使わないで大丈夫だからと返すわたしに、しかし 「丁度おれも休もうと思っていたところなんで。煙草吸って来ますね」  厚意に甘えることにした。    束の間、一人になったオフィスで作業をしつつ、猫塚くんのPCのディスプレイを覗き見る。  うーん、思っていたより苦戦しているみたいだ。やっぱり新人には荷が重すぎたか。    ふと時計を見て驚いた。もうすぐ22時だ。  椅子の背に掛けたコートのポケットに入れっぱなしだった端末を開く。柴本から数十分間隔で、何本もメッセージが飛んできていた。   《何時くらいに帰る?》19:45 《おーい!》20:30 《返事しろー!!》21:04 《飲み? 残業? つーか、生きてる??》21:37  事故にでも遭ったのかと心配してくれていたのだろう。  大慌てでメッセージを打ち込む。もう少し残業する旨を送信し、端末を机の上に置いた直後に返信が来た。 《わかった。けど、あんまり無理すんなよー》  了解、のスタンプを押してから、再び端末を机の上に置く。  わたしの分担はあと少しで完了する。そうしたら、猫塚くんを手伝おう。
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