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「どうしよう、先輩が卒業しちゃうよお」
ぴええ、と桜子が泣いた。
「仕方ないじゃない。留年するような先輩はイヤでしょう」
言いながらティッシュを箱ごと桜子に渡すのは松絵。ちなみに松絵は花粉症なのでティッシュはこの時期からすでに必需品らしい。
3月、放課後の教室。残っているのはわたしたち3人だけだった。
わたしはある決意をしたので、それをどう2人に伝えようか、いつ言おうか、今か、後か……思案していた。
わたしたち3人は高校1年生で、入学してから初めて出会った。名前の順に並べられた机が近かったので、なんとなく喋るようになって、気付いたらいつも喋っていた。
そんなわたしたち3人は同じ先輩に一目惚れした。ほんと気が合う。
3年生の菅原先輩。スラッとした長身で、顔がめちゃくちゃ小さくて、少し学校を休みがち。
噂によると、芸能事務所に所属していて、歌とダンスが得意らしい。
わたしたち3人は朝登校してホームルームがはじまる前とか、休み時間とか、放課後とか、先輩の姿をひと目見るために3年生の校舎へ毎回毎回ダッシュした。もちろん他にも先輩のファンはいて、毎日ちょっとしたファンミーティングみたいになってた。
先輩はみんなに平等に対応してくれるので、ファンの間で争いはなかった。それがつまらないとかいってファンをやめる子もいたけど、わたしたち3人は先輩に心を射抜かれまくってた。
そして、楽しかった1年がそろそろ終わる。
それは、先輩の卒業を意味する。しかも、先輩は卒業したら、渡米して歌とダンスの勉強をするらしくて、日本にすらいなくなっちゃう。
だから、わたしはある決意をした。
「どうしたの、ぼーっとして。泣きたいなら我慢しなくていいんじゃない」
松絵がわたしにもティッシュをひと箱渡してきた。
今かな。
「わたし、決めたの!」
バーン! と机にとある書類を叩きつけた。
ビクッと桜子と松絵が首をすくめた。
「びっくりしたよお」
桜子がまた泣き出した。
「なによいきなり」
松絵は桜子の頭をよしよしとなでる。
「わたしも芸能人になってアメリカに行く!!!」
「ぴえ」
桜子の涙がひっこんだ。
「え」
松絵も一瞬あっけにとられ、
「えええええ!!?」
叫んだ。
「いやよくわかんないんだけど!? 『芸能人になる』と『アメリカに行く』を混ぜるのなんで!?」
「先輩を追いかけたいの!!!」
「気持ちはわかるけど……」
松絵はわたしが叩きつけた書類に目を落とす。
芸能事務所に送る書類だ。
動機にはちゃんと『先輩を追いかけたいから芸能人になってアメリカに行きたい』と書いた。
「よくわかんない――」
松江は言葉を繰り返し、
「でも、面白そう、あはは!」
笑い出した。
「わたしも真似していい?」
しかも、めちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれた。
「コンビで芸能人やるってこと!? すっごくいいね!!」
さすが気が合う。とくれば――。
ふと、わたしと松絵は桜子を見た。
「え、ええ……」
じわり、と桜子の瞳に涙が浮かぶ。
「わ、わたしは無理だよお芸能人なんてええ」
また泣き出した。
「とりあえず桜子の分も出しとくから」
と松絵。
「ぴええ」
「よくあるじゃん。勝手に応募されてデビューとか!」
わたしは桜子の背中をぽんとたたいた。
「ぴええ」
相変わらず桜子は泣いていたけど、ちょっとうれしそうだった。
そうして、わたしたち3人はなんと書類審査を通過し、面接に漕ぎ着けた。
待合室でドキドキしながら順番を待つ。3人の中で最初に面接を受けるのはわたしだ。
「がんばれ!」
「がんばってね!」
松絵と桜子に応援されて、笑顔で頷く。
面接会場のドアをノックする。
「失礼します!」
会場に入ると、たくさんの大人の視線がわたしに向いた。
「梅花です! よろしくお願いします!」
第一印象が大事だ。飛びっ切りの笑顔で言った。
――桜子、松絵、梅花。
彼女たち3人はそれぞれ芸能人になれるのか、そしてアメリカへ飛び、菅原先輩に再び会うことが出来るのか……それはまた別のお話です。
――終わり。
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