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男の肉体を知らない女でもなかったが、しかし十一連敗中というプレッシャーは並みではなかった。勝てば今日の負け分は全てチャラの約束だが、負ければこれだけ一方的に負かされた男に自ら肢体まで開くハメになる。
とはいえ……。
表も駄目。
裏も駄目。
下がり調子あるあるだが、どちらを選んでも駄目な気しかしない。
表か? いや裏か? やはり表……いややはり……。
男自身はさほど執拗な催促はしなかったが、しかしそのぶん周囲の熱気と密かなざわめきが女の剥き出しの肌に痛いほど突き刺さっていた。
誰もがこの見世物の完成を、つまり女の敗北に期待しているのだ。
焦りと緊張で嫌な汗が滴るほどに噴き出している。
どうする? どうする? どうする? どうする? どうする? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
限界だった。女は右拳を強く握り固めてテーブルへ打ちつけた。
テーブルは派手な音を立てて真っぷたつに叩き割られる。
古びたりとはいえ大の大人が乗って踊ったとしても壊れるようなヤワな代物ではない。その恐るべき膂力にその場の全員が震え上がった。
チャリリン。
向かいに座っている男はよほど驚いたのだろう。慌てて頭上へ逃がした手から硬貨が落ちて床に転がった。
二枚だ。
「あっ」
男が短い声を上げた瞬間にはもう、二枚の硬貨は女の手の中に納まっていた。観客たちが先ほどまでとは別の意味で固唾を飲んで見守る。
女が二枚の硬貨を観客にもよく見えるよう両手で一枚ずつ掲げた。
片方は両面とも表の図柄、片方は両面とも裏の図柄が彫られていた。
すり替えを行っていたのだ。
「こんなこったろうと思ったぜこのイカサマ野郎が!」
女の怒声に男が震え上がった。
観客たちもなんとなく納得している。まあ考えてみればコイントスで十一回も連続して外すなんてそれこそ狙ってもなかなかできる芸当ではない。タネがあると言われたほうがよほど説得力があった。
「テメエは最初から怪しいと思ってたんだ。アタシの第六感を甘くみたなあ!」
観客たちが口々に囁く。
(それは嘘だな)
(さすがに誰が聞いても嘘だろ)
(さっきまでめちゃくちゃテンパってたもんな)
「あ゛あ゛!?」
睨みながら声を荒げて周囲を黙らせると、しかし彼女は言い訳のように呟いた。
「いいじゃねえか別に、“裏”でも“表”でもないって最後のやつだけは当たってたんだからよお」
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