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名も知れぬ街の場末も場末、カードも揃わぬ最末端の田舎酒場の片隅。
店の中にいる老若男女誰も彼もがそのテーブルに集まり固唾を飲んでふたりの勝負を見守っていた。
「さあどうしました? 表か裏かそれだけの話です。とはいえさすがに賭けたものが重くなってしまいましたかねえ? 後悔しないように選んでくださいね」
「ぐぬううっ」
片や、くすんだ金髪の中年男。中肉中背で慇懃無礼な物腰は都会の育ちを思わせる。
片や、銀の剛毛をツインテールに分けた耳の長い褐色肌の女。獰猛な口元に攻撃的な吊り目は懐かない野生の獣にも劣らない。
目を引く組み合わせではあったが、周囲が必要以上に熱狂しているのにはまたこれも理由があった。
なにあろう、女は今ただのコイントスで、そう、単に硬貨の裏表を当てるだけの勝負で既に十一連敗を喫しているのである。
現金どころか手持ちの金目のものは全て賭け尽くしてしまった。
所持していた大小数々の武器、棘の生えた物騒な腕甲脚甲から防具としての実用性は怪しそうな露出の激しい白銀の鎧まで手放した。
挙句の果てには旅に必要な最低限の荷物までなにもかも賭けては巻き上げられ、女に残されたのは腰と胸元を覆う僅かな布切れとその身ひとつの有様だ。
そしてその下着も美しい肢体までも今このテーブルで掛け金として積んでしまっているのである。
傭兵業で身を立てる女がギャンブルひとつも満足にない田舎の果てを訪れたとき、旅の中年男は店の中でたまたま簡単な手品のようなものを披露していた。店の客にはなかなかウケていたのだが、女が「子供だましじゃねえか」などと悪態を吐いたのがいけなかった。
男は女のテーブルに腰を下ろすとコインを弾いて自分の左手の甲と右手のひらで挟むようにキャッチして「裏か表か、エールを一杯賭けませんか」と笑みを浮かべた。
「表だ」
女が興味無さそうに即答する。男が開いた手の中には裏向きのコイン。
「ふふふ、いやあごちそうさまです」
男の軽薄な言い草が女に火を付けた。
「エール二杯持ってきな!」
一杯を男に、もう一杯に自分で口を付けるとジョッキを叩き付けるように置いて「もう一回だ!」と女が吠えた。
あとはもう、あれよあれよというまである。三戦目で自分はもう飲めないからと男は金銭の賭けを持ち掛けムキになった女は倍賭けで瞬く間に手持ちを使い果たし荷物を賭け始め、十二戦めにしてついに下着と一夜の貞操を賭けてしまったのだ。
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