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「疲れちゃったんじゃないかな。ありすちゃんの猫」
「猫?」
「それにありすちゃんも」
はん、と鼻で笑って足を組み直す。「なにがわかるのよ」私のことなんて知らないくせに。
「エレガントなお嬢さん猫、素敵よね。私も憧れたことあるの。でもね、お洋服や髪型と同じで似合う猫っていうのがある」
「私にはエレガントな猫は不釣り合いって言うわけ?」
ばん、と机を叩いた。痛い。慣れないことしないでよ、私。前田さんは一瞬びっくりしたけど、ふわりと笑った。
「ねえ、街の猫屋さんがね、今度の休みに新しい猫を入荷するんだって」
「ふん、だから?」
「エレガントなお嬢さん猫は一度ヒナタボッコさせてあげて、一緒に別の猫を見に行こうよ。選ぶの得意なんだ」
捕まえたぞ、と教卓の上で男子生徒が叫んだ。明るいざわめきが私と前田さんを取り残して教室を包む。
「ヒナタボッコの施設も今は安いし、会う人や場所によって猫を二、三匹被り替える人も珍しくないよ」
「そんなこと――」
「いろんなありすちゃんと、私、お友達になりたいな」
ぶわっと視界が歪んだ。そして前田さんは男子から猫を受け取り、私の膝の上にそっと寝かせた。
にゃあんと一鳴きした猫は私の身体全体を覆う温かいベールとなって溶けていった。ぽろぽろと猫のいなくなったスカートに染みがつく。
「ごめん、ごめんなさい」
頭を下げると数人が「よかった」「大丈夫だよ」と声をかけてくれた。
「さあ、席について授業を再開しましょう」
おじいちゃん先生の言葉に、席に戻ろうとする前田さんを私は呼び止める。
「本当にありがとう」
「まあ、猫係の仕事だから」
微笑む前田さんはやっぱり癒し系だ。濡れた頬を手のひらで拭いて、私もにっこり笑ってみせる。
「猫屋さんの話なんだけど。今週の日曜日、一緒に行ってくれないかな?」
首を傾げて尋ねると、前田さんはぱあっと表情を輝かせた。
「もちろん! え、何時にする? ありすちゃんと遊ぶのは初めてだよね! 嬉しい!」
ぴょんぴょん跳ねてるの、珍しいなあ。前田さんもテンション上がることあるんだなあ。ん? いま、なにか上に飛んでいった?
「窓を開けるなー!」
おじいちゃん先生が声を張り上げた。持ちかけた黄色のチョークを後ろのロッカーに向かって投げつける。にゃあん、と伸びやかな鳴き声が教室内に響いた。
「前田の猫が逃げたぞー!」
【完】
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