三味線

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 級友のだれかがそう言い放った途端、学び舎の内に沈黙が訪れた。 「こいつの親父にとっつかまって、びぃびぃ鳴いたまま(やいば)を差し込まれて、(からだ)の赤いところをおっぴろげられたんじゃあ」 「みち、みち」  (あお)る級友の声の合間に、生稲の悲壮な声が混じる。  学級の敷居に立ち尽くした生稲を(かば)うように背を向けた仙太郎さえもが、矢面に立った与助を尻目にかけた。  日頃は物事の一面に惑わされず、清濁併せ呑む(たち)の仙太郎の視線が、鋭利な(くぎ)のように突き刺さる。  違う。おれの親父がやっているのは、仕入れた犬猫の皮を加工するだけのことだ。  野良猫を捕らえて絶命させ、皮を剝ぐのはべつの、猟師や原皮(げんぴ)業者の生業だ。そりゃあ持ち込まれた害獣はそのかぎりではないけども。  そのような尻(すぼ)みの釈明が、喉から出ようとした。  しかし、それが与助の身に(とど)まったのは、常日頃より聞かされてきた親父の話が、折を見たかのように胸の内に去来したからであった。  与助、三味線つうもんが如何にええ声を聴かせるんか、そういうことはおれにはわかんね。  うちで加工した皮は、さらに次の職人の手で組み立てられて三味線となり、然るべき御家(おいえ)へと渡ってゆく。おれらのもとへ出戻ることはないのだから。  けどな、話に聞くかぎりでは、()も言われぬ音色(ねいろ)(とどろ)かせて、どれほど高貴で偉い人をも黙らせるほどの価値があるんじゃ。  立派な(かみしも)(まげ)を結った三味線(がた)が、大勢集まった聴衆の注目を(ほしいまま)にする。  そこにおれらの姿はないが、おれらの仕事は確かにあろうぞ。  親父が説いて聞かせるのには(ひとえ)に、三味線を演奏する文化に対する厚遇とは裏腹に、楽器そのものを生み出す作り手への風当たりが強いためであった。  人に必要とされる品を作っているだけなのに、人から見下される。
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