感情を呼ぶ。

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「なあ、藍田ってさ、演技は良いのに素だと良く分かんないよな」 「あー、分かる。役とのギャップありすぎ」 「ギャップっていうか……寧ろ無?」 「それだ」  舞台のようになぞるべき物語があれば、その繊細な感情表現で見る者を圧倒する藍田の演技。  彼はその話題性から世界からも注目され、今目の前で行われているリハーサルも、素晴らしい完成度だ。  けれど一度ストップがかかると、素の彼はまるで仮面を被ったように、感情の起伏も表情の変化も一切ない。 「物語みたいな展開のある脚本がないと、何も演じられないのかね」 「……俺高校一緒だったけど、昔はちゃんと空気読んで表情作ったりしてコミュニケーション取れてたぜ? ……まあ、それも何か、真似事みたいな感じだったけどさ」 「ふうん? そんで今は役として、他の人間の真似事って訳か」  舞台の眩しい照明を受けて、白く映える藍田の顔を見上げる。その整った顔は表情もなく、マネキンのようだ。最前列から見ても、その肌は毛穴ひとつ見当たらない。 「……まあ、確かにアンドロイドには人間の『感情』は難しいか」 「いや、脚本を見てオリジナルで演技出来るだけすげーよ。今度海外メディアからも取材来るってさ」 「こら、しーっ! アンドロイドだってのは本人には内緒なんだろ」 「あ、やべ。さすがに聞こえてないよな?」 「身体能力は人間と同じらしいし、中学高校と人間と同じ扱いで学校行ってたんだし大丈夫だろ。何か、プロテクト? かかってるらしいし」 「ほー? じゃあ、壊れるまでずっと、自分は人間だって思い続けて生きるんだな」  その言葉に、もしも自分が藍田と同じアンドロイドだったらと、思わずそれぞれが自分の身体を撫でて確認する。 「……人とアンドロイドの違いって、何なんだろうな」 「素材的な要素を除けば……『心』ってやつじゃないか?」 「心……感情かぁ。なら、彼奴はやっぱ、舞台の上では『人間』になれてんのかもな」  再び演技が始まると、舞台の上の藍田はとても生き生きとした様子で、役としての人生を謳歌していた。
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