リダウト

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リダウト

 ズシンッ。鉛の塊を落としたような轟きと、次いで同調するかのように地面が瞬間的に振動する。  その後に続く駆ける足音。二人の少年は、魔物を挟んで左右に別れて戦っていた。魔物はサラマンダー類―――蜥蜴に似た外見をしており、体の色は薄緑。頭は鎧のような分厚い皮膚で覆われている。魔物の体長程ある長い尻尾が特徴で、それが一番の武器だ。まるで鞭のようにうねり、大きく振りかざしてくる。  チョコレート色の髪をした少年―――シウは両手に持っている双剣の片方の切っ先を傾け魔物を脅かし、もう一人の少年の元へと誘導する。  思惑通りに動いてくれた、と、思っただろう。その魔物の影に隠れてしまっているが、反対側の少年はしっかりと応戦しているらしい、その魔物はキュルルル、という小さな鳴き声を発しながら後退すると、振り向いて、シウの方へ走ってきた。 「行ったぞ、シウ」  ブライトイエローの髪をした少年が言う。  シウは剣の柄を握り締め、突進してきた魔物を身を翻して避け、分厚い皮膚の上に乗っかる。 「…はっ!」  振り上げた刃は陽光により煌めき、閃光を引く。そして硬い皮膚に勢いよく突き立てた。  手応えは十分。刃は見事に怪物の頭を貫通して、魔物の体は一度大きく痙攣すると、ぐらりと体制を崩した。シウはその体から軽々と飛び降りる。  ズウゥッ───ンンン…。  大きな音と共に倒れた魔物は、ピクリとも動かなくなった。暫くの間それを凝視して、それからやっと、シウは詰めていた息を吐く。どうやら終わったようだ。腰付けに二つの剣を鞘に納める。留め具がパチン、と音を鳴らした。  シウは「うーん」という気の抜けた声と共に伸びをする。 「お疲れ」  歩いてきたブライトイエローの髪の少年が口を開く。先程、反対側で応戦していたのは、どうやらこの少年だったようだ。その少年は戦闘を終えた後だというのに、着衣乱れず息切れせず、どうともないという様子だ。  対するシウはというと───陽動やら近距離での戦闘で、服が皺になったり、髪が乱れたりしている。せっかく朝整えてきたのに。とシウは心の中でごちた。 「まずまずの成果だな」 少年の名はリヒト。  魔導師のような服装こそしているが、その実、遠距離戦を得意とする魔法剣士で、もちろん接近戦も可能だが、どちらかといえば魔法中心で遠距離から攻撃する方が馴染むらしい。 「いやぁ、一事はどうなることかと思ったよ」  笑いながらシウが言えば、リヒトは呆れたようにじとり、とシウを見、ため息を吐く。 「笑って済むか。あと少し反応が遅かったら、確実に潰されていた」 「えー?いいじゃん、避けれたんだし」 「よくない。それが命取りになることもあるんだ」  というのも、さっきの魔物との戦闘の最中。一向に動きを見せない魔物に何もしてこないと思い、シウは高を括っていた。  が、意表を突くかのように、魔物は己の武器としている長い尻尾でシウを攻撃をしてきた。ギリギリ掠っただけで怪我がなかったのは、実力なのか、それとも運が良かっただけなのか…。 「それに、」  リヒトは続ける。 「敵を仕留めることに躊躇するな。やられる前にやれなきゃどうする」  と、指摘をされた。  …いや、確かにそうなんだけど、魔物にだって悪気があった訳じゃないし…。そこはお前、考えてくれたっていいじゃないか。シウは思う。 「だって、可哀想だろ?」 「その程度で迷うな」 「その程度、って」 「戦いでは同情が足枷になる。人でも、魔物でもだ」 分かったか。目で訴えられて、反論ができなくなる。府に落ちないなぁ、とシウは頭を掻いた。 「…分かりましたよー、リヒトせんせー」 「…腹立つなお前」 そうしてシウ達は、帰路に着くことにした。 枝木が傘になって、日向になっている。 木漏れ日が降り注いで、辺りが揚々と煌めく。木の根を縫うようにして流れている川は透き通り、葉の色を写して淡い緑色に輝いている。水際には苔が生えている。  水は、ひんやり冷たそうだ。  生き物の鳴き声も、物音もしない、とても静かで、とても穏やかな森。その中をひたすら歩いて、ゆっくりと景色を眺める。何度見たって飽きない。ずっと眺めていても、ここを離れたくないと感じるだろう。  そんな事は職業柄難しいのかもしれないけれど、もし暇があればまた訪れたいと思う。  シウの前を行くリヒトは、前しか見ていない様子だったけれど。  そうして開かれた道を進んでいけば、ぱっ、と見晴らしのいい場所に出る。その中心には、小城がポツンと佇んでいた。  サク、サク。  草を踏み鳴らしながらリヒトに続いて歩けば、段々と大きくなっていく建物。古びた壁は、鼠色の煉瓦が幾つも並べられて、重なって作られている。  辺りを一瞥できる天守搭が二つあって、向かって右側は、半分崩れてなくなっていた。ここは、リダウトという建物で、意味は砦。  通称ダブルヘッド。  各地域によって、リダウトの名前は異なる。  国家認定のギルドのようなもので、さっきの討伐依頼もフォレスタ近辺にある小さな村の住民から受注したものである。  シウとリヒトが寝泊まりしている場所であり、働いている場所でもあった。元からこの城はここにあったらしく、使われている形跡もなかったので、改装して今のリダウトになったとのこと。 入り口は巨大な鉄の門で閉ざされていて簡単には入れそうにない。  手前には石段がある。そして、門の両脇には、赤と青の門番がいた。その二人は、シウ達が近付くと中央に集まり、持っていた槍を交差させる。 「お帰りなさい。シウさん、リヒトさん。任務ご苦労様です」  左の青い衣服を身に纏う、笑いかけてくるネイビーの髪をした少年、エンテ=イデアール。  魔導士である。歳はシウより二つ下。背は低めで、顔付きは、まだ幼さが残っている。  密かに魔法剣士であるリヒトに憧れ、将来リヒトみたいになりたいと思っているとか。 「ああ、お前もお疲れさん。門番も大変だな」 「いえいえ、これも仕事ですから。苦にはなりませんよ」 「真面目だな、エンテは。偉いぞ」 「いえ、そんなことないですよ」  エンテは、リヒトに誉められ嬉しそうに目を細める。リヒトが、エンテと自分への風当たりが若干違うのが不服なんだが、とかシウは密かに考えていた。  そして右にいる、ラセットの髪をした青年。 「アレドもお疲れ、だな」  名前を呼ぶと、二人に注がれていた視線がこちらに向く。吊り目がちなので怒っているように見えるが、これは元々の顔立ちなので、そういう訳ではない。 「ああ、疲れた。立ちっぱなしは嫌だよなぁ…。全く」  わざとらしく大きなため息を吐いて肩を回す青年、アレド=コルセスカ。  透き通る硝子を連想させる長身の槍を武器にするリダウトの門番だ。接近戦を最も得意としている。 「はは、同感。オレだったら退屈すぎて寝てしまいそうだ」 「そうだな、お前ならやりかねないな、立ったまま寝るとかするだろ」 「あーするする。絶対する」 「そこはお前、『頑張って耐えてみる』だろ。仕事しろ」 「いや、無理だから。オレは、体動かす方がいいの」  シウは苦笑して返した。 「あー、もう。寝ててもいいから変わってくれよ、シウ」 「いや、さっきダメっつったの誰よ」 「オレだよ」  あっけらかんとアレドは言う。 「オレが言ったことなんだから、訂正しようがどうしようがオレの勝手だろ?」 「そういう問題じゃないだろ。ま、引き続き門番頑張ってくださーい」 「ちぇ」  シウはそれを受け流して手をひらひらさせる。門番なんぞ誰がやるか。と。門番というのは重役で、入り口を守るのはある程度の腕っぷしがないと務まらない。例えどんな敵でも侵入を防がなきゃならない。謂わば、絶対的な防壁。 「アレド様ー、頼みますぞー」 「さむっ!止めろ気味悪い!」 「うわ、酷い」  自分の体を抱えて顔をしかめるというオーバーアクション付きで返されて、シウは思わず少し笑ってしまった。ややあって、アレドもつられて笑う。 「さて、」  下ろしていた槍を振り上げ、再び交差をさせると、アレドは二人を交互に見る。 「んじゃま、ちょいと審査するから、待っててくれ」  そう言って、次にエンテが小さく呟き始める。 耳を澄ませれば聞き取れるかもしれないが、何を喋っているかまでは理解できないだろう。  この世の言語ではないような言葉を並べている。これは、門を潜る為には重要な要素であり、必ず行わなければならない事項で、怪しいものではないか、本当にその人物であるかを認証するものだ。  個人が持つ特有の魔力の波を調べ、判断する。例えば、鼓動が早くなれば波は津波のように大きくなり、また、波だけではなく、魔力から発せられる気から、その人物がどんな人間かを区別できる。嘘をつけば見抜けるし、その分早く対処できるという、非常に便利な魔導であるが…。 「面倒だよなぁ…」 ボソリ。シウは愚痴を漏らす。  彼はこの、ほんの僅かであるが、手持ち無沙汰で寡黙な空間が苦手だった。はっきりいうと、暇、ということ。  その横でリヒトはただ、じっと終わりを待つ。以前はリヒトもシウの発言に叱咤していたが、もう何度目かになるそれを諦めた様子で、眉ひとつ動かさない。  しばらくして、 「…はい、シウさんとリヒトさんですね。どうぞ入ってください」  どうやら、審査が終了したようで、詠唱を止め、槍を降ろす。  それを認めたアレドも、上げていた槍を降ろして、始めにいた所定位置に戻っていった。テリエも同時に戻っていく。  一拍置いて、コンッ、と槍柄の尻で石段を叩いた。すると、固く閉ざされていた鉄の門が地鳴りを響かせながら左右に動いて、やがて止まる。 「やあっとかよ」 「シウ様とリヒト様の、おなーりー。てか」 「なんだそりゃ」 「おい、さっさと行くぞ」  建物に入る手前でシウとアレドが会話をしていたところを、リヒトは切って中断させる。シウは不服な表情を浮かべ、唇を尖らせた。  気にとめる素振りもなく歩いていくリヒトの背中を、シウはアレドに軽く会釈した後に追いかけた。その背後で、アレドとエンテが苦笑いをしながら、門が完全に閉まるまで、二人を見送っていた。  中は、ひんやりとしていて、仄暗い。石の壁に覆われた、箱のような狭い部屋。外とは一変した雰囲気はとても不気味で、陽の光は一切遮断されている。代わりに、壁には松明が掛けられていた。そのお陰で、まったく見えないという事はない。その中心には、地下へと続く階段があった。階段を規則的な歩調で降りていく。  二人分の足音が静寂な空間に反響する。狭い事もあり、音はよく響く。といっても、壁の幅は、人一人や二人が通るには十分の間隔があった。
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