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No.02
「…なあ、」
ひとつめの階段を降りきったくらいに、シウが口を開く。相変わらず歩を進める速さを緩めないリヒトに構わず、続ける。
「何で、あんなめんどくさい“審査”なんてものをするんだろうな。あんなのなくても、アレドとエンテだったら、すぐに見極められるだろ?」
赤と青の門番、即ち、アレドとエンテ。彼らはこのリダウトに務めて長いと聞いた。ならば、物知りであることも確かであるし、実力もそれなりの筈だ。失態を犯す、ということはないように思える。何故、と。シウは問う。ふたつめの階段の途中、ふとリヒトが足を止め、振り返る。
「お前は、業務に長く携われば、失敗など有り得ないというのか?」
「だって、そうなんじゃないのか?」
「あいつらとて人間だ。失敗のない人間なんていない。もし、その様なものがいたなら、そいつは、きっと人間ではないのだろうな」
どこか皮肉さを込めた口振りで、鼻で笑うように言って退ける。
「失敗しない可能性の方が限りなくゼロに近いと、オレは思うがな」
まあ、あいつらが失敗している、していないとは言えないが。それだけを伝えると、リヒトはまた歩き出した。
「…結局、なんだよ、“審査”の理由」
話が反れたといわんばかりに、不可解に眉を潜めたシウ。ふたつめの階段を降りきった。みっつめの階段まで移動する。
「…まあ、早くいえば、お前のせいだな」
つっけんどんに言葉を放てば、しばらくの間が生まれた。再び足音しかしなくなり、静けさが蘇る。僅かな風に松明の炎が揺らめいて、やがて静止した。心当たりのないといった風に疑問符を浮かべながら、足を動かし始める。
「…なんかしたっけ、オレ」
内心冷や汗を垂らしつつも、目の前にあるブライトイエローに問いかける。こういった質問を彼にしたならば、欠伸も出ない程の拷問のような説教を食らうかもしれないと思ったからだ。そう考える前に、なにも言わない方がいいという思考に結びつかなかったのも問題なのだが。案の定、リヒトは足を止め、シウに振り返る。
「記憶喪失もここまでなると、病院に連れて行くしかないな…」
諦め半分にため息を吐くという動作をし、やれやれと首を横に振った。さすがにシウもこれには反論しようかと思ったが、どうせ倍返しにされるだけだと堪える。握り締めた拳はぷるぷると震えていたものの、我慢ができた彼の忍耐力は素晴らしかった。
「…行くぞ」
踵を返し、突き当たりを曲がるリヒトに、これから始まるであろう事柄を予想していたシウは、きょとんとしてその場に佇む。遠ざかっていく足音に、ややあって、
「…って、結局教えてくれないのかよ!」
というツッコミを入れ、後を追った。
通路は、変わらず陽光は届かず、仄かに暗い。
それを照らすために、壁には松明が掛けられている。天井が先程よりも高く、階段よりも壁の間隔は広い。明かりの続く道を歩いていくと、また少し通路が広くなった。そこには、二人の少女が壁際で愉快そうに話をしていた。近づけば、こちらに気付いて顔を向ける。
「あっ」
小柄な少女が声を上げ、二人に小走りに歩み寄ってきた。
「おかえり、シウ、リヒト!」
満面の笑みでそう言う彼女。名はオネット=セレナーデ。頭の真ん中辺りでブラウンの髪を両側で括っており、垢抜けている印象だ。疲労している姿を見た事がないが、彼女のその元気さは、一体どこから沸いているのだろうか。
「おかえりなさい」
後ろからゆっくりと歩いてくる少女はメール=フィラント。少女、というよりも女性という表現が似合う落ち着いた雰囲気を出している。腰の長さまであるセピアの髪を三つ編みで結い、肩に掛けている。柔らかく微笑みながら、オネットと共に、帰還してきたシウとリヒトを迎える。
「ああ、帰った」
「ただいま。疲れたー」
其々返事をする彼ら。
「お疲れ。無事でなにより!…って言いたいところだけど、」
オネットはちらりとリヒトに視線を寄越して、シウを見る。
「実際、疲れたのはリヒトでしょ?アンタのお守りして、魔物の討伐もするだなんて。大変よねー」
お疲れ様。と、片方だけに放たれた労わりの言葉。
「本当だ。やれやれ…」
溜め息を吐いて同調の意を示すリヒト。さも一人だけで頑張ったという態度を取り、気持ち踏ん反り返っている。
「なんだよ、オレもやっただろ、討伐!止めさしたのオレじゃんか!」
二人の会話に食って掛かる。全く持って間違っていない反論なのだが、二人は聞く耳持たずといった様子だ。段々と賑やかになっていく口喧嘩(というよりもシウが弄られているだけ)に、メールが横から割って入る。
「はいはいそこまで。三人とも、仲良くするのはいいけど、ここは通路ってことを忘れちゃダメよ。セレナも。帰ってきて嬉しいのは分かるけど、程々にね?」
人差し指を口元に当てて、凛とした声で密かに叱咤する。メールの意図を察したオネットの表情が若干引き吊ったのは、気のせいではないだろう。きゅっと固く口を閉ざした。
「…要するに、二人で頑張ったんだよね?おつかれさま」
優しく、二人を交互に見遣ると、メールは軽くお辞儀をした。頭を上げて、目が合うと、照れ臭そうに頬を掻いて、はにかんだ。その後も、他愛ない話に、四人は盛り上がった。
*****
「二人とも、これからルーザーさんの所に報告に行くんだよね?」
問い掛けるメールに、「ああ」とリヒトが答える。
「また叱られるんじゃないの?アンタ、おマヌケだしさ」
「もういいだろ、それは!というかあれは仕方なかったんだ!」
「過去は拭い去れないのよ~」
「~~~っ!!」
「もう、いい加減にしなさい、セレナ。ほら、二人とも、いってらっしゃい」
戦慄くジオンに、おちょくるオネット。ルーザーの元に行くよう促すメール。賑やかな場も徐々に静まり、そして解散。別れの言葉を交わす三人を他所に、リヒトはその場を離れた。それに気が付いたシウは、早足で追い掛ける。真っ直ぐな通路に、足を踏み鳴らし進んでいく。そして到着した部屋に、二人は立ち止まった。
「…」
沈黙し、僅かに後退しようとするシウ。心なしかその表情は強張っていた。その様子を、リヒトは無言で眺めている。
ここは首領の間。リダウト・ダブルヘッドのリーダー専用の仕事場だ。ここに、ルーザーと呼ばれる人物がいるのだが…、どうにもシウは、この、ルーザーという人物が苦手な模様で。それはもう、朗らかに笑んでいることが多い普段の彼とは打って変わり、魔物と対峙するように身構えていた。硬直している彼に、リヒトは、やはり黙っている。
「…」
「…」
「…」
「…、うう、分かったよ」
鋭利な眼差しを受け続けて、幾分か経過した。渋々シウは、漸く諦めが付いたのか、扉の前に立つ。リヒトも、それを確認して、隣に並んだ。
「…でもさ」
「何だ」
「万が一、怒られたらどうしよう」
「…怒られるようなこと、したのか」
「し、してねぇよ。…いや、でも…」
扉は目前。まるで赤子が眠いと駄々を捏ねるが如く、彼はギリギリまで、あわよくば予定が狂うことを祈りながら、居座るよう粘ろうとしていた。うだうだとあれこれと言い出した彼に、リヒトはため息を吐いて、向き直る。
「シウ、人は成し遂げなければならない何かに最善を尽くすんだ。その時は人生において数え切れない程ある。例えば、それはいつだと思う?」
大真面目な面持ちに驚愕して、流石にシウも固く口を結んだ。そう、シウは悟ってしまったのだ。目の前の彼の、些少な変化に。
「それは、今だ」
ああ、お前も嫌なんだな、と。
リヒトの言葉に頷くことしか出来なかった。
古びた木造の扉の引き手を持ち、叩く。
コンコンッ、という乾いた音。
「リヒトです。報告にきました」
ギィィ…。軋みを上げて開くと、中の様子が徐々に見えてくる。一番に目に飛び込んでくるのは、部屋の中心に置かれている大きな机案があった。右の壁際には天井に届きそうな程の本棚が三つある。左には、床を突き抜けている岩。真ん中には、ランタンが掛けられている。部屋の中央、そこに、ルーザーと呼ばれる男性がいた。シウ達に気付いたルーザーは、手に持っていた紙から視線を二人向けた。アイボリーブラックの髪が僅かに揺れる。
「…、ああ、お前等か。任務ご苦労さん」
紙を机案に置く。
「どうだ、経過は上々か?」
「ええ、まずまずですね」
「そうか。お前がそう言うなら、問題はないな」
「しかし、気は抜けませんよ。最後まで見届けないと、途上では分かりません」
「そうだな。では引き続き、頼むぞ」
「はい」
淡々と話を進めている二人を交互に見ながら、いまいち意味を掴めないやりとりに疎外感という三文字がシウの脳裏に浮かぶ。なんだか取り残されたようで、妙に寂しくなってしまった。もちろん彼のことなので、そんなに深刻そうにはしていない。
「…何のこと?」
とりあえず、そのまま口にした。ルーザーのパープルの瞳がこちらに向く。鋭い眼光に思わず尻込みをしそうになるが、止めることに成功した。シウが臆した事を、ルーザーが知る由はない。
「ああ、こちらの話だ、気にする必要はない。それよりシウ、ここには慣れたか?」
「あ、はい。大分」
「そうか。まだ不安もあるだろうが、直に馴染む。それまでの辛抱だ。頑張れよ」
「…ありがとうございます」
話を逸らされた。はぐらかされ、ムキになる程子供ではない。ないのだが、やはり引っ掛かるものは、中々取れないものだ。それに少しでも自分が関与しているのであれば、尚更。…これ以上尋ねるつもりも毛頭ないので、流すことにしよう。
「さて、今回の任務だったが、」
切り出され、自然と背筋が延びる。
「フォレスタの調査、魔物の討伐…。それらの結果を後程報告書へ記してくれ」
どうやら、報告はこれで済みそうだ。あとは自室に戻って、のんびりと好きに過ごすだけで今日は終わる。ほっとしたのも束の間…、
「それと…、明日はカウラに向かってもらおうと思う」
「カウラに?」
「そうだ」
ルーザーがちらりとシウを見る。まだ何かあるのかと、油断していた分、余計に吃驚してしまった。
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