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2007年 春
国橋音大のレッスン室で渡瀬紘人先輩をひとめ見たその時から、既に予感はあったような気がする。
(この人に認めてもらうためにピアノを頑張る4年間になる……絶対そうなる)
そう思ったことを今でもよく覚えている。
背が高くて、彫りが深い顔立ちで、ちょっとだけ浅黒くて、肩幅は広いけどすごく痩せていた渡瀬先輩。
くだけてフランクな喋り方だけど、落ち着いて言い切る語尾には迫力があって。
どこまでも深く澄み切ったピアノの世界を見せてくれたひとだった。
渡瀬先輩は、博士後期課程から国橋音楽大学に入学してきた。
私は学部の新入生で、渡瀬先輩は博士課程の新入生だった。
(この人にピアノを聴いてもらえるんだ……それなら大学の四年間、何とかピアノを頑張れる)
しんどいピアノを頑張れる理由が欲しくて、いつも私はそればかり探していた。
つまらない練習に毎日取り組む苦痛をどうやって緩和して、本番で演奏した後に襲ってくる底知れない虚しさをどうやってやり過ごして、克服するのか。
虚しさを越える喜びというものが、ずっと欲しくてたまらなかった。
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