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正直にいうとこの店に来てほしくない。河北にとって沖の店は仕事の疲れを癒す場所であった。
だが店に来るのは利久の自由であり、それをどうこうしていい訳ではない。そうなると河北が来るのを諦める以外に手はない。
「ここに来るのをやめようかな」
それがつぶやきとなり口から出てしまい、しっかりと利久の耳に届いていた。
「河北さん、ここで会うくらいは許してください」
と小さな声で返された。
利久は河北の住まいを知っている。押しかけることだってできるのにそうしないのは彼なりに考えているのだろう。
息子の友人として彼のことを知っているから嫌いになれず、ただ、ただ困る。
「あー、どうしたらあきらめてくれるのかなぁ」
両手で頭を抱えると、沖がくすくすと声を上げる。
「ちょっと、楽しんでない?」
「楽しいですよ。利久君のことを応援しているから」
援護射撃をされて河北はやめてよと止めるが、利久はその気になって頑張りますと拳を握る。
店の中で河北の味方はいない。利久が素直でいい子なのですぐに可愛がられるようになっていた。それに河北に春がやってきそうなのだから楽しんでやろうと思っているのだろう。もし、当事者でなければ自分だって楽しんでいたはずだ。
それだけにまわりにとやかくいうことはできず、利久を止める手だてもない。そして味方がいない今の状況だ。
「皆、若い子が好きだからねっ!」
拗ねた素振りをしながらビールを一口。
「そうそう、河北ちゃんは俺たちに遊ばれなさい」
と同年輩の常連である佐賀野が河北の肩に腕を回しコップにビールを注いだ。
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