人間貴族2

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人間貴族2

 番の産まれやすい家系の人間を掛け合わせ、たくさん番になりうる子供を産ませる。  実際に、エリスティナの血筋は番が産まれやすかった。  一番上の姉は竜種の公爵家に嫁いだし、いとこは竜種の子爵家に嫁いだ。  ただ、その程度の確率だ。もちろん、番は他国に生まれることだってある。  それだけの理由で、エリスティナ達人間貴族はひたすらに子を増やして、竜種の番となる女の子を育てるのだ。  エリスティナのように女の子に産まれたならまだましで、男の子は生まれてすぐに殺されるか、よい種を選別して家畜のように管理される。この良い種、というのは番の産まれやすい種か、ということだ。  家畜――そう、まったく家畜と同じだ。  平民より、奴隷の身分よりましだ。そんなこと思いたくない。  このブルーム王国に住む人間は、等しく竜種の持ち物でしかないのだ。  そんなエリスティナ・ハーバルにやって来た婚姻の話は、まったくもって納得のできない、地獄めいたものだった。 「番のいない竜王の、臨時の伴侶としてエリスティナ・ハーバルを娶りたい。ついては、三日以内に準備をして王都へ来ること」  そんな短い文言と、わずかな路銀。  たったそれだけを渡して立ち去って行った竜種の騎士は、最後までエリスティナのことを見もしなかった。 「エリス……」 「お姉ちゃん……!いやだ、いやだよお、お姉ちゃんまで、どこかに行っちゃうの?」  母が顔をのぞかせて、まだ小さな妹が泣き叫ぶ。  8人目の娘であるエリスティナだが、それで子を産むことをやめるわけにはいかない。  一番上の姉は番として選ばれたが、それは同時に、この家系はまた次の世代でも番を産むかもしれない、と証明したことに他ならなかった。  竜種は独占欲が強い。一番上の姉は、嫁いでから手紙をよこすこともできないで、ずうっと屋敷にとらわれているという。  7番目までの他の姉たちは、同じく竜種の番を産みやすい家系の男に無理矢理に嫁がされていった。好きな相手のいた4番目の姉は、嫁ぎ先で二人の子を産んだ後、衰弱して死んだ。  そんな、不幸になることが決定づけられているこの国の結婚――。  その相手が竜王であるという。かつて竜王の番を輩出したのが、このハーバル家というだけの理由で。  エリスティナは奥歯を砕けそうになるほど噛み締めた。  どうして人間種に生まれただけで、こんな風にして生きていかねばならないのだろう。  悔しくて悔しくて涙が出る。  けれど――けれど。 「大丈夫よ、お母様、リッド、私、幸せになって見せるわ!」  大切な家族を悲しませたくはない。その一心で、エリスティナは無理矢理の笑顔を作った。  姉たちは、みんなそうして嫁いでいった。ならば、エリスティナがそうしない理由はもはやありはしないのだから。  ■■■  王都へは馬車で行った。  まがいなりにも竜王への輿入れだというのに、竜王の遣いからよこされたのは僅かな路銀と形ばかりの婚礼衣装だけだった。  持参金が要求されなかったのは良かったけれど、まるで身売りのようだ。いや、実際のところ、身売りなのだろうけれど。  エリスティナははじめ、婚礼自体が悪趣味な冗談で、だからこそ、このような最低限にも届かない品物しか贈られなかったのかと思った。  それくらいに、エリスティナの婚礼準備は粗末なものだった。  一日二日、旅行に行くような持ち物ーー下着と、わずかな普段着と、幼い妹たちが作ってくれたアクセサリー、暇潰しの本などーーを小さなトランクに詰めて、婚礼用に用意された白い衣装を着て、借りた馬車に乗り込む。人間貴族であるハーバル伯爵家の財政では、自前の馬車など持つことすらできないのだ。  雇った御者はこちらの事情を把握しているようで、何度もエリスティナを憐れむような目で見て「かわいそうになあ」と呟いていた。 「それでも、選んだのは私だわ……」  そう思うよりほかなかった。さもないと、この世の全てを呪ってしまいそうだと思ったから。  馬車の乗り心地は、お世辞にも良いとはいえない。  それでもきっと、この先の生活よりずっとマシだろう。  馬車に揺られて一昼夜、堅牢で煌びやかな王宮が見えてきた。  見上げた王宮はまあ、なんというか、浮世離れしているほど美しくて。  竜種の住まう世界は、人間種の世界と全く違うんだなあ、なんて思ったりしたのだった。
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