竜王の王宮

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竜王の王宮

 王宮に入ると、すぐに謁見の間に通される。  エリスティナは緊張しながらも、美しい所作でもって、竜王に礼をとった。 「お目にかかれて光栄です。竜王陛下。ハーバル伯爵家が娘、エリスティナが参上いたしました」 「人間貴族か、ふん、なるほど、代替品としてはまあまあのものを選んできたな、大臣」 「は、ありがたきお言葉です」  エリスティナの言葉を丸々無視して大臣と話し始める竜王。たしか名前はリーハとかいうはずだ。  でも、その名前を呼んではいけないことはこの国では子供だってわかる。  竜種の名前を呼んでいいのはその番、あるいは同じ竜種だけなのだ。  人間貴族如きが呼んで良い名前はありはしない。  優雅なカーテシーをして、頭を下げて腰を折ったまま、エリスティナは待ち続けた。 (そろそろ顔を上げて良い、とか言ってくれないかしら)  この体勢はひどく疲れるのだ。  けれど、竜種は人間を家畜だと思っているので、そんな気遣いはされようもない。 「我の番はいつ見つかるのだ……」 「申し訳ありません、平民も人間貴族も、片っ端から探しているのですが……」 「平民にまで視野を広げねばならぬとは、なんのための人間貴族か」 (知らないわよ!)  子は授かり物だ。  番が生まれやすい理由もわからないくせに、番のよく生まれる血筋を掛け合わせて無理矢理に貴族にした、その上でこの国から出られないように監視をつけている竜種は、なんと傲慢なのだろう。  そんな品種改良した牛のような言い方をしないでほしい。  エリスティナは、不要品だと言われて2度と会えなくなった、まだ目も開いていなかった弟たちを思った。  エリスティナは、もう一度、竜種なんて大嫌い、と思った。 「おい、そこの」 「はい、私でございますか?」 「お前以外に誰がいる。おい、大臣、この娘、頭がどうかしているんじゃないか」  どうかしてるのはあんたよ!  そう大声で叫んで、その見目だけはいい横っ面を引っ叩いてやりたい。  いちいち大臣に話すな。そんなに大臣を信頼してるならその大臣とくっつきなさいよ!  そんなことを思って、けれどそれを顔に出せばどんなお咎めが来るかわからない。  エリスティナは奥歯を噛み締めながら、必死に笑顔を貼り付けた。 「申し訳ありません……」 「全く。大切なことを言うが、お前とは閨を共にしない」 「……は」 「二度言わねばわからぬか?お前と子作りをしないと言っている」 「……理由を、お聞きしても?」  エリスティナは呆然と尋ねた。  だって、子を作るために呼ばれたのでなければ、エリスティナは何のためにこんなところまでやってきたのか。  エリスティナのそんな表情をどうとったのか、竜王はフン、と鼻を鳴らして、いまいましそうに言った。 「今回お前を娶ったのは、重鎮たちがそろそろ子を作れとうるさいからだ。しかし我はまだ番を見つけていない。だが体裁だけでも整えねば奴らは納得しないだろう」 「私を……隠れ蓑にすると?」 「フン、先ほどの言葉は訂正してやろう。まあまあ頭が回るようだ。そうだ。お前は形ばかり私の伴侶としてここにいてもらう。我の番が見つかるまでな」  なんだそれは。  エリスティナは思った。こんなにも、沢山の幸せをあきらめて、大好きな家族とも別れて来たのに、そんな空虚な場所にいなければならないのか。  竜種は千年も生きるという。だから番が見つかるまで何百年でも待つと聞く。  ……下手をすれば、エリスティナの命が終わるのが先かもしれない。  エリスティナは泣きたい気持ちになった。  姉たちもこんなことがあったのだろうか。この国の人間には嫌なことを拒否する権利もないのだ。  エリスティナは……けれど、エリスティナは笑った。  奥歯が砕けそうに、みしみしと鳴っている。  力を込めて、笑顔を作る。  エリスティナが拒否をすれば、きっとエリスティナは処断されるだろう。死ぬならまだましだ。  けれど、その罰が家族に及ぶ可能性を考えるなら、エリスティナはこうする以外になかった。  エリスティナは、深く、深く、頭を下げる。  潤んだ目が、この男ーー竜王に、決して見られることのないように。 「謹んで、拝命いたします」  エリスティナの地獄は、ここから始まった。
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