呪いの追跡1

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呪いの追跡1

■■■  エリナの体調が悪くなったからとエリナを寝室に寝かせて半刻ののち。  執務室にクリスのことを呼び出したエルフリートは、硬い面持ちで口を開いた。 「単刀直入に言おう。番様に対する呪いは君たち二人に向けられたものだ」 「僕たち二人……?しかし、僕は呪われてはいないが」 「真の竜王にこんな呪いがきくものかよ。言っちゃあ悪いが君は無敵なんだ。良くも悪くもね」  エルフリートは、先ほどの軽いなりをひそませて言った。  手をひらりと振って、遮音の魔法を強くする。 「君の肉体と魔力が跳ね返した呪いが、すべて番様に向かっているんだ。君が病みやつれていたころはそんな力もまだなかった。けれど、君が食事をきちんとする、眠る、そんな当たり前のことをできるようになってから、君は、そして君の呪いへの耐性は万全になってしまった」 「エリーに出会ったことが、エリーに出会って、食事を摂れるようになったことがきっかけだと……」 「そうとも言える。君が悪いわけではないよ。陛下。竜種の肉体は、最強なんだ」  良くも悪くも。エルフリートはもう一度繰り返した。  奥歯がかたかたと鳴る。  食いしばりすぎてがちりと割れた歯が、歯肉が痛む。けれどその端から再生していく。  竜種の肉体は強い。そうだ、だから、長い時を共に生きるために、竜種は己の首の後ろに存在する「逆鱗」を番に持たせるのだ。  竜種の命がある証――竜王にとって、それは竜王の証にもなる。  逆鱗があれば、番は長い時を生きられる。  と同時に、死ぬ目にあっても死ねなくなる。カヤが70年間死ねないで焼かれ続けたのは逆鱗を持っていたからだ。  おそらく、逆鱗を体内に飲み込んでいたのだろう。だから逆鱗を手放せず、狂うまで生き永らえてしまったのだ。 「エリーに逆鱗を渡せば、呪いを弱められるか?」 「逆効果だ。逆鱗は万能ではない。体を強くはするけれど、魔法に対する耐性を高めたりはできないんだ。君が前竜王の番に黒炎の呪いをかけられたのもそれが理由だよ。知っているだろう?君はほかの竜王とは違う。知識だってあるはずだ」 「ああ。知っている」  クリスは目を伏せた。  ただ肉体を強くするだけの竜の逆鱗。それを渡したとして、エリナは一見元気にはなるだろう。  けれど、それは本当にみせかけだけだ。  呪いは健康な体の中でエリナを侵食し、その精神を蝕む。眠る必要もないほど活力が湧いて、だからこそ最低限しか眠らなくなり、呪いの進行は早まるだろう。  力があっても何もできない。  クリスは呪いを跳ねのけようとかけた魔法が、まったくの無意味に、風のように流れて消え去ったことを思いだした。  呪いの解呪は、鍵と鍵穴の関係に似ている。  特定の呪いがあったとして、その呪いにあった解呪の方法を取らなければ解けることはない。  他のいかなる魔法も受け付けないもの、それが呪いだ。 「番様に関する呪いは、大元を断たないといけない。呪いをかけた術者から呪いの媒体を奪い、破壊する。それしか呪いを解くすべはない」 「ああ、エルフリート。それで、大元に関する手がかりは見つかったのか」  クリスは、エリナが眠っている間、王宮の書棚をすべて漁った。  それでも、呪った相手の手掛かりは得られない。  街に出て調べられればいいが、クリスはエリナの周りに結界を張るためにあまり遠くへ離れるわけにはいかなかった。  だからこそのエルフリートだ。精霊竜である彼は、場所という概念が薄い。空気のようにどこにでもいられるのだ。  数多くの分霊体を持つ彼は探しものをするのにぴったりの能力を持っていた。  エルフリートはにやりと笑う。 「侮るなよ小童。私に探せないものなどありはしないさ。分霊体のひとつが例のアパートに魔法陣を見つけた。それも一つや二つじゃない。執念深いことにその数は10を超える。一般人には見えないように、細工までしてね」 「なるほど。その魔法陣と同じ気配を探せばいいと?」 「そう、焦っているのだろうね。感情の昂りが見えるような魔法陣だ。妨害工作がされているが、なに、君ならそんなものの一つや二つ、力技で解決できるだろう」  エルフリートがクリスに握らせたものは、魔法陣を描いていたインクだ。粉々になって、ほとんどありはしない。けれどこれで十分だった。  クリスが手のひらに力を込める。煌々と輝く緑色の光は、クリスの瞳と同じ色。  それをまぶしげに見ながら、エルフリートはさみしそうにつぶやいた。 「たくさんの竜王を見て来たよ。道を間違ったもの、正しかったもの、幸せな結末を迎えたもの、己の愚行のせいで悲惨な最期を迎えたもの」  クリスの魔力が地に落ちる。地面から、疾風のように駆け抜ける魔力がわずかな光を放って国全体に広がっていく。 「君たちには幸せになってほしいからね。私にはこれくらいしかできないけれど……がんばるんだよ」
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