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カヤとの対峙2
「何……」
クリスが手を翳す。空中に現れた緑の鎖がカヤを拘束する。
それでもカヤは笑うのをやめなかった。
「邪魔しないでよ。雛竜が……。あのときの卵を割っておけばよかった。私のリーハを殺した、憎いお前……」
「リーハを殺した?何を言ってるの……?」
「あんたの!あんたの番が!リーハを殺したのよ!知らない?そんなこと言わせないわよ……」
カヤはエリナに向けてがむしゃらに鐘を鳴らす。
わずかな痛みが胸に走るが、それはエリナにそれ以上のダメージをもたらすには足りなかった。
カヤが、その顔をゆがめる。
「クリスが、リーハを殺した……?二人を分けて幽閉したのではなく……」
「そいつは!70年も私とリーハに呪いをかけた!分けて幽閉する程度ならリーハは耐えられた!すぐに私を助けに来てくれたはずよ!70年の呪いで、リーハは弱って……私を生かすためにそいつに頭まで下げたノに、そいつはゆルさなかった!」
「呪い、70年前……」
「エリスティナを殺したかラって、そんなどうデもイいことデ!私とリーハを呪っタ!」
ぜえぜえと息をするカヤの喉から、ぼとぼとと黒い液体が零れ落ちる。
落ちて、枯れた草を溶かしていくその液体は、カヤの血ではなかった。
カヤは、一言、一言を口にするたびに、呪いを吐き出しているのだ。
「ぜったイに、ゆるサない……」
舌が溶けている。人のものとは思えない声が、言葉を形作ることすら難しくなってただただ呪いとともに落とされる。
カヤは、もはやひとの形を保っているとは言えなくなっていた。
王宮に張られた結界を通るだけで精いっぱいだったのだろう。
その身に残る力がなんなのかわからないが、もうほとんど力は残っていないはずだ。
そして、カヤの言葉で、エリナもカヤの怒りの理由を理解した。
クリスは、きっと、エリスティナを殺した相手に復讐をしたのだろう。
もう、その相手がリーハだったことは疑いようがない。
そして、その復讐がカヤの言う70年の呪い……。その最後に、クリスは二人を分けて幽閉した。
「エリスティナは、エリーを殺したのはお前たちだ。僕はお前たちがエリーを殺した事実がある限り、何度だって同じことをした」
クリスがはっきりとした声で言う。その声に迷いはなく、後悔もなかった。
クリスは、目の前でエリスティナを失った怒りを、リーハにぶつけたのだろう。そして、カヤにも。
それを責める気はエリナにはない。
「リーハを返して!返してヨォ……!」
カヤが叫ぶ。それは悲痛な声だった。
あまりにも悲しい、そして子供の駄々のような叫び。
クリスがエリナを抱きしめる。聞かなくていいと耳をふさぐ。
エリナは――エリナは、その手をやわらかな動作でどけた。
エリナの耳をふさいでいたクリスが、驚いた顔でエリナを見下ろす。それに大丈夫よ、と笑みを向けて、エリナはカヤに向き直った。
「……リーハと離れて、悲しかった?」
「そウよ、返して」
「……リーハが死んで、怖かった?」
「えエ、だからリーハを」
「……私だって、死にたくなかったわ」
エリナは静かに言った。
凪いだ声が、しいんとその場に染みわたる。
カヤは何を言われたかわからないような顔をして、首をかくん、と傾ける。
エリナは大きく息を吸った。
「あなたは、自分勝手だと、言ったのよ」
一音ずつ、区切っていった言葉。
カヤはようやくエリナの言うことを理解したらしい。その顔を憤怒にゆがめて、残り少ない髪を振り乱した。
「どウして!どうシて!どウシテ!」
「死にたくなかったのは私も同じよ、どうして自分たちがそれを向けられたときに、そうやって不思議に思えるの」
「リーハを返して!かえセ!」
がん、がん、とカヤがクリスの出した鎖を杖で叩くが、鎖は揺らぎすらしない。
歯ぎしりをして、カヤは洞のような目でエリナを睨みつけた。
「リーハはやさシかった!私に、やさしかった!私の番よ!命より大事な番!好きだったのに!大好きだっタ!愛しテいた!」
「独りよがりで、他人を犠牲にしてもかまわないというのは、正しい愛ではないわ」
エリナは痛ましいものを見る目でカヤを見つめた。
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