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カヤとの対峙3
カヤがうろたえる。
クリスのあたたかな手を背中に感じたから、エリナは勇気をもって、次を言うことができた。
「……かわいそうな子」
「ア――……」
それは、本心だった。カヤはきっと、何も知らなかった。何も知らないまま竜種の番になった。だから思いあがったし、だからこうなってしまったのだろう。
無邪気に、誰を犠牲にしてもいいと思う愛。それも確かに愛だろう。けれど、それでは幸せにはなれない。
エリナはカヤを憐れんだ。
その、哀れみを、理解したのだろう。けれど、納得はできなかったのに違いなかった。
「アアアアアアアアアア!!」
カヤが咆哮する。獣のような声が周囲に響く。到着した警備兵たちが遠くに見えて、エリナがほうっと息を吐いたとき。クリスが「危ない!」と叫んだ。
――瞬間、カヤの髪が膨れ上がった。
カヤの胸、心臓の位置に、光るものが見える。それはどす黒く汚れていて、ひび割れているように見えた。
しかしそれも一瞬のことで、吹きあがる腐臭に一瞬目をつむったエリナが次に目を開けたとき、カヤの体はぼこぼこと膨れていく最中だった。
黒い瘴気がカヤの体にまとわりつき、それが肉のようになってカヤの体を大きくしていく。
「呪いを生むもの……」
クリスがつぶやく。呪い、とエリナは繰り返した。
やがて、カヤの体はすっかり黒いもやに覆われた。びたり、と一歩足のようなものが動くたびに周囲の土が腐り溶ける。
「あれは、人間種や竜種が体に呪いをため込みすぎたときに発生する現象です。普通、そんなに呪いを蓄積すれば人間種も竜種も死んでしまう。けれど、そうならない場合に、あれが起こります」
クリスが、エリナの胸元に視線を落とす。
そこには、エリナを瘴気から守っているクリスの逆鱗があって。
「まさか……」
「ええ、カヤは逆鱗を体に取り込んだのでしょう。だから呪いを許容量以上に溜め込んでも生きていられた。そして、呪いを生むものになってしまった。あれは厄災です。放置すれば国どころか世界が危うい」
クリスはそう言って、カヤを縛る鎖を増やした。ぎちぎちと縛られた鎖にほころびはない。
カヤだったものは、身動きが取れず、そこに縛られている。
しかし、カヤ――いいや、呪いを生むもの、は、今度は地面に音を生やし、生み出した触手でエリナを攻撃しようとした。否、触手は、周囲にいた警備兵たちをも巻き込もうとした。
クリスが跳躍する。触手は、エリナを捉えることができず、空を切る。
しかし、それでひとつ、鎖がちぎれた。
クリスがエリナや周囲のものを守るために魔力を割いたからだ。
「クリス!」
「……ッ」
痛みが跳ね返っているのだろうか。クリスが眉間にしわを寄せたのを見て、エリナがその顔を覗き込む。
クリスは笑って、大丈夫です。と言った。
「エリー、あれを、救いたいと思いますか」
「クリス?」
「あなたは、あれを憐れみました。だから、僕はあれを封印するのでも構いません。それがあれへの救いになるのかはわかりませんが、消滅することはなくなります」
クリスはそう言って、エリナを見つめた。
そんなことを考えていたのか、とエリナは思った。
思って、そして、こんな時にすら、エリナを優先するクリスに、どうしようもなく胸を突かれるような感情を味わった。
いいわ。エリナは言った。
「クリス、あなたは、呪いを生むものを……カヤを、消滅させられるのね?」
「はい」
「そう」
エリナは一瞬、目を伏せた。
カヤは哀れだ。けれど――けれど、カヤは、許されるべきではなかった。
許されないことが、カヤへの罰だと思った。
そして、それは、きっとカヤのできる唯一の償いだった。
「やって、クリス。カヤを……あの子を、消滅させて」
あの女、ではなかった。エリナにとって、エリスティナにとって、カヤは憎い相手で、けれど、癇癪もちの、子供だった。何も知らなかった、哀れな子供。
だからこそ、ここで、罪を重ねる前に消してやらねばと思った。
「――はい」
クリスは、短く言った。
それで、もう十分だった。
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