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カヤとの対峙4
クリスが地に降り立つ。エリナを地におろし跪くと、一拍ののち、クリスは咆哮した。
それは、宙に浮いたガラスを鳴らすような、静謐な音。
周囲一面に、星屑のような光が散っていく。
クリスの額から、角が現れる。背に、ガラスのような薄い、日の光を受けて虹色に輝く翼が生えた。
綺麗だわ、と、こんな時なのに、そんなことを考える。
クリスの咆哮が、散った光に跳ね返って反響する。
リィン、リィン、と輪唱する音。それは、まるで祈りの言葉のようで。
エリナは胸の前で両の手を組んだ。
これは、カヤへの、憐憫を込めた祈り。
次に生まれてくるときは、せめて幸せを間違えませんように、と。
呪いを生むものの周囲に、ゆらゆらと揺らめく白い炎が上がる。
その白い炎は、熱を持ってはいなかった。
クリスが顔を上げ、呪いを生むものを見つめる。
ぼろぼろと崩れていく黒い体。それは最初、抵抗しているように見えた。
けれど、撫でるように焔が揺らめくたび、その力は小さくなっていき――やがて、黒いものの中、中心にある、鈍く輝くひとつの逆鱗が割れた瞬間、完全に消失した。
燃えていく、燃えていく。
カヤだったものが、小さくなって消えていく。
そこにもはや自我はなく、カヤとしての意識もないはずだった。
けれど――。
最後に、少女のような影が、天に手を伸ばし、何かを言った。
それは、間違いではなかった。
白い炎が消える。呪いを生むものの中にあったのは、少しの灰と、割れて煤けた逆鱗。
「終わった、の……?」
「ええ」
エリナの言葉に、クリスが答える。
カヤは、救われてはいないだろう。けれど、最期の最後、手を伸ばした先に、わずかにでも救いのようなものがあればいい。
見上げた空は高く、青く。エリナはそう思えるようになった自分にはじめて気づいた。
あれだけ怖かった、あれだけ苦しみの根源だったカヤとリーハのことに対しても、救いを願えるようになっていた。
この炎が、エリナの中の恐怖を消してくれたのだと、そう思った。
そうして、耐えがたい疲労感のなか、エリナの意識はゆっくりと暗転した。
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