【最終話】そして幸せな未来を歩み続ける

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【最終話】そして幸せな未来を歩み続ける

「ほんとう?」 「エリー?」 「本当に、綺麗?」  エリナは自分の口が動くのを止めることができなかった。  好きな人に花嫁姿を綺麗だと思われたいのは、古今東西の女性の常だ。  エリナが緊張の面持ちでクリスに尋ねる。  あ、とか、うー、とか言っていたクリスは、エリナのまっすぐな視線を受けてようやっと決心がついたのか、ややあって、はっきりした声色で「はい」と口にした。 「綺麗だ……綺麗です。誰より、何より。あなたが。透き通るみたいで……この世界の、なによりも綺麗です」  一瞬だけ敬語を外したクリスが、耳までを赤くして告げた言葉は、エリナの胸を熱くした。  こんなにもときめくことがあるのだろうかという思いだった。  見つめあって、ただ胸の鼓動を高鳴らせて――傍らのエルフリートが「熱い熱い」と言っているのを聞き流しながら――しばし。  式の始まりが迫っていることを告げる召使がやってきた。  エリナははっと我に返って、けれど笑顔でクリスの手を取る。 「エリー?エリーはエルフリートと入場のはずでは……」  チャペルで、エリナが父親役のエルフリートと腕を組んでクリスのもとへ歩いていく、という段取りのことを言っているのだろう。  エリナはいいの、と短く返した。  不思議そうな顔をするクリスに、言葉を続ける。 「エリスティナだったころはあなたを守ったわ。でも、今生で出会ってからはあなたが守ってくれたもの。今度は一緒に、守り守られて歩きたいの。隣で。ふたりで」  そういって笑ったエリナに、クリスは一瞬呆けたような顔をした。  けれど、だんだんと意味を理解したのか、その表情がほころんで――男の人にこんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど――クリスは、花が咲くように笑った。 「ええ――ええ。エリー、一緒に歩きましょう。もう離れないように、ずっと隣で」 「そうね、クリス。最後の最後まで――……いいえ、その先も、あなたと一緒にいたいから。……これは最初の一歩なんだわ」  そう言って笑う、エリナとクリス。  背後で、そんなふたりを見つめるエルフリートとダーナは、あらあら、おやおや、と笑っていた。みんな、笑顔だった。いいや、この先も――ずっと。  式はつつがなく進行した。  はじめこそ、腕を組んで共に歩いて入場してくる新郎新婦に参列者は驚きの表情を見せたけれど、エリナとクリスの幸せそうな笑顔を見れば、納得したように祝福の視線を向けてくれた。  そうして、誓いのキスの場面で。  ヴェールをめくって、中のエリナの顔があらわになる。  クリスはその顔にまた照れて、はにかむエリナの唇に、ずいぶん長いこと口づけをした。  その時、クリスの、ガラスのように美しい、陽光に反射して虹色に輝く翼が出現し、エリナを包み、ほかのものに見えないようにしたので――もちろん、透けているので完全に見えなくなるわけではないけれど――一部の参列者、主にエルフリートの「見せ場を隠すなー!」などというヤジが飛んだりもした。  けれど、そのすべてがいとおしく、エリナも、クリスも、ただただ幸せで、たまらない気持ちで。  花びらを振りまく招待客の中を歩く。竜王と、その番が。  番というだけの絆ではなく、恋し、愛されたその果ての二人――……。  卵から孵した雛が、自分の最愛のひとになるのだと、昔のエリスティナは想像しただろうか。  最愛であることは変わらずとも、こんなに愛おしく、こんなに恋焦がれる、慕情を向けられるひとになるのだと、あの時のエリスティナは。  一陣の風が吹く。  初夏の、やわらかな若葉の匂いを運んでくる。  ふと、クリスはエリナの頬にそばかすがほとんどないのに気付いて、エリナを見つめた。  それに気づいて、エリナは笑った。 「エリー、顔が……」 「エリスティナに近づいてる?」 「ええ、はい」 「ふふ」  エリナは頬を押さえて、クリスに向き直る。 「もしかすると、記憶が混ざって、ちゃんと過去を受け入れられたから、エリスティナの顔に近づいているのかもね」  クリスが少し驚いた顔をする。  以前のエリナなら、過去にとらわれ、クリスを喪ったと自分を責めていたエリナなら、受け入れがたい変化だっただろう。  けれど、今は。  すがすがしい気持ちで、エリナはクリスとつないだ手を見つめた。 「――悪くないわ」  ああ、本当に、生まれてきてよかった。  産まれてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう。  そんな言葉から始まった恋の話は、こうして結末を迎えるけれど、ふたりのこれからはまだ終わらない。  だって、あなたが私の幸いで、あなたが私の愛の証だから。  竜種の王と、その番は、これから幸せな時を歩み続ける。  ずっと――ずっと。永遠に。
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