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「『憂鬱な黒猫』って知ってる?」
教室の片隅でぼんやりとしていた俺の耳にそんな特殊なワードが飛び込んできたのは、何の変哲もない水曜日の昼休みのことだった。
誰かに質問していたその声は、俺が最近気になっている女子──手塚莉央のものだとピンときて、思わず顔を上げたら彼女と目が合った。
その瞬間、俺たちの周りの景色がスローモーションのようにゆっくりと流れるのを感じた。
視線には時間を止める力がある。
音を吹っ飛ばし、約五メートル先にいた彼女と俺たちの間にある余計な情報を吹っ飛ばし、光よりも速く届く電波のようなものを飛ばすことができる。
その一瞬で、心が見透かされてしまう。
やべえ。反応しちゃった。
俺はすぐにカバンから教科書を取り出して次の授業の準備をするフリをしようとした。けれども、もたついている間に彼女は俺の席の前にやってきていた。
「『憂鬱な黒猫』を知ってるの? 羽佐間くん」
莉央は猫のように丸い瞳で、別の誰かにしていたさっきの質問を俺に投げる。
「知らないよ」
「いや、知ってるね。知ってるね、その顔は」
「知らないってば、そんな人」
「人?」
しまったと思ったけどもう遅い。
彼女の可愛い唇が勝利の笑みを浮かべていた。
「どうして猫じゃなくて人だと思ったの? 詳しい話を聞かせてよ」
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