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「そのお姉ちゃんが、病院帰りの電車の中で『憂鬱な黒猫』に会ったらしいの。それで、なんと彼の肩で居眠りしちゃったんだって」
「えっ!」
俺は思わず大声を出してしまった。
今の反応はまずかったかな。莉央が鋭く俺を見つめる。
「誰かから聞いた? このエピソード」
うなずくな、俺。
頭に命令しながら、脳の記憶を司る別の部分では先々週に潤から聞いた話を思い出していた。
あの日、隔週の水曜日で行われている『憂鬱な黒猫』の生配信が数分遅れたっていう話題がTwitterで流れてきたのを見て、翌朝になってから俺は潤に尋ねたんだ。
──昨日の生配信遅れていたそうだけど、何やってたの?
──電車乗り過ごした。
──まさか、寝過ごした?
──俺じゃなくて、隣の席の人が俺の肩で爆睡しちゃっててさ。
──あはは、仕事帰りのサラリーマンか? 運が悪かったなあ兄貴。
笑いかけた俺に、潤は優しげな目をして「ううん」と言った。
──綺麗な子だったよ。もう少し寝かせてあげたかったくらい。
あの時の潤を見て、俺はいい出会いがあったんだろうなって微かに感じた。でも、その後すぐに潤は言った。
──もう会えないだろうけどな。あの子が降りる駅と俺が降りるはずだった駅は全然違うからさ。
勿体ない話だなって思ったけど、仕方がない。
電車の中で以前見かけた人と偶然再会する確率はほとんどないだろう。
だけど。
「あれから、お姉ちゃんは毎日『憂鬱な黒猫』と会った夜の8時過ぎに、あの駅で彼を待っているの。帰りが遅くなって危ないからやめさせたいんだけど、『憂鬱な黒猫』に伝える手段がなくて困っていて……」
莉央は懸命な瞳で俺を見ていた。
「だから、彼を知っているなら伝えて欲しいの。お姉ちゃんを止めて。今夜は生配信の日でしょ? お姉ちゃんはきっとまたあの駅に行く」
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