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◇
今日でとうとう二週間になる。
手塚莉央の姉、手塚真衣は家から遠く離れた夜の豊橋駅のホームにいた。
ここで以前、偶然出会った人に、彼女はただもう一度会いたい一心だった。
眠れない夜に眠りをくれたあの人に、ちゃんとお礼が言いたかったのだ。
憂鬱な黒猫さん。
あなたは今、どこにいますか?
あなたのおかげで、私は今、毎日夢を見ています。
あなたともう一度逢える奇跡という名の夢を。
こんな願いが叶わないということは真衣には百も承知だった。
そんな偶然があるわけない。
それでもあきらめきれないのは、電車の中で眠っていた自分を優しく包んでくれた子守唄のような歌声が、耳に直接響いたあの感覚が、今でも忘れられないからなのだった。
もう一度会えたら死んでもいい。それくらいの覚悟で、真衣は今日もホームに立つ。
きっと逢えるまで、立ち続けるだろう。
やがて、彼の生配信が始まる30分前になった頃に。
「……本当にいた」
黒いフードを被り、マスクで顔を隠した長身の男が彼女の前に現れる。
ほとんど顔を隠していても隠しきれないほどにいい男の雰囲気が滲む彼は、息を呑む彼女の手を取り、ホームから彼女を連れ去る。
「生配信に遅れるから、俺の歌が聴きたいならスタジオで聴いて」
聞き覚えのあるその声に、真衣は頭の芯から燃えるような熱を覚えつつ、小さく何度も頷いた。
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