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率先してからかっていたのは室井本人で、何かと絡んではバシバシと殿じいの背中を叩いて笑いあった。
──だって……好きなんだもん。
室井はその名前から姫と呼ばれていて、ひそかにそれが嬉しかった。
殿と姫。
将来、結婚できるんじゃないかとほくそ笑んでいたものだ。
室井の初恋の君、殿じいが、あの頃の面影を少し見せながら薔薇クラスに降り立った。
ドキドキしない訳がない。
子供の頃の想い出だからこそ、純粋でキラキラしていて、時間とともに美化されている。
──な、何、動揺してるのよ、いい歳して。忘れてるわよ、私の事なんてさ……。
室井は落ち着かない一日を過ごした。
正解があるとしたら、久しぶり〜と背中をバンバン叩きながら挨拶してしまえば良かったのかもしれない。
そのタイミングを逃してからは、ひたすら殿じいに見つからないように縮こまっていた。
休み時間、クラスメイト達が楽しそうに薔薇漢達とお喋りしていても、なかなかいつものように入っていけない。
特に殿じいには。
気まずい一日をようやく終え、一番に教室から飛び出した。
マイママチャリで疾走する。
「何よ、しれ〜っと今更出てきてさ!イケおじになっちゃってさ、昔の面影もたずさえちゃってさ。チヤホヤされてさ!ううん、そんなの関係ない!私には関係ないし!」
初恋の人が見るも無惨になっていたら、それはそれでショックかもしれない。
けれども、イケおじになってクラスのアイドルになるのも嫌だ。
「嫌だけど、なんで意識しないといけないのよ~……もう、昔むかしとは違うのに……」
薄い桃色に霞む桜のトンネルをくぐると、自宅はすぐそこだ。
キュッとブレーキをかけて止まった。
淡い花びらが頬をかすめてゆっくりと離れる。
──姫、桜の花びらが頭についているよ?
そう言って5年生の殿じいは、真剣な顔で取ってくれた。
室井はふざけて殿じいのおでこに花びらを押し付けた。
あの頃は、室井の方が背が高かったのに、今日の殿じいは自分よりも背が高くて。
過ぎ去ったたくさんの時間が、2人の邪魔をした。
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