向う側の初恋#longing

8/12
前へ
/323ページ
次へ
深紅の薔薇クラスはポジティブ、アクティブ、コミカルで、室井にとって居心地の良いクラスだ。 合う合わないはあるが、嫌いな人間がいないのがありがたい。 ポンと肩を叩かれ振り返ると、眠そうな寺崎が立っていた。 「室井さん、次は時任先生の『スキンケアは、るりにお任せ』でしょ?」 「うん、麗花も?てか、目が開いてないよ?練習きついの?」 ママさんバレー『トワイライトエクスプレス』のエースアタッカーである寺崎は、中央体育館で夕方から練習がある。 破壊神の名に恥じぬよう、日夜練習しているのだ。 「あ〜眠い。でも時任先生の授業は大好きだから頑張るよ。お肌の調子もアゲて行こー!破壊神の名にかけて」 「もー何それ!」 クスクスと肩をぶつけ合いながら、長い廊下を歩いて行く。 殿じいの事は忘れて。 幸い、選択授業が殿じいと被らなかった室井は、油断していた。 思いきり油断していた。 休み時間、一番後の席で寺崎と馬鹿笑いしていた室井の所に、殿じいがやって来たのだった。 「あの……神谷真姫さんではないですか?」 一瞬で教室が静まり返る。 森本拓馬は物静かで、薔薇漢3人組の中では無口な漢だったから。 薔薇乙女達の目が、好奇心にキラキラ──いや、ギラギラしだした。 「え、ええ……」 「やっぱり!!……小学生の頃同じクラスだった森本……殿じいです!覚えてませんか?」 ──殿じい?覚えてる~懐かしいね!元気で何より〜アハアハ。 そう言えば良かった。 何を意識しすぎたのか、慌ててしまったのか、口から出た言葉は。 「ごめん、覚えてない」 目の前の殿じいはキュッと目を瞑り、寂しげに微笑んだ。 殿じいのおでこに、あの日の花びらが透けて見えていたのに。 「そうですか……失礼しました」 顔を背けた室井は、泣きそうになる。 こんな悲しい再会には、したくなかったのにと。
/323ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加