クレームとクリームとかき氷

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 アイスコーヒーがことりと置かれた。  また、ことり。クリームが入った白い小瓶が置かれた。金山の妻が笑みを浮かべてどうぞと言った。  金山は自分のコーヒーにクリームを入れた。眞上はその慣れた手つきを見て思わず笑んだ。 「ありがとな、わざわざ。ゆっくり飲んでけ」 「ありがとうございます」  眞上はキッチンで微笑む奥様にもお辞儀をしてそっとクリームを入れた。ゆるく円を描いた白が黒に溶けて沈んだ。スプーンを入れ一度かき混ぜると黒が和らいだ。 「暑うなったな。相変わらず忙しかったか?」 「そうですね。引継ぎもありましたし」  金山がグラスに口をつけ、眞上は金山がひとくち飲んだのを見とどけてグラスに口をつけた。 「偉くはなれんかったか」  金山の問いに眞上は苦笑した。 「偉くなりたいとは思っていませんでしたが、そうですね……新たな場所で頑張ろうと思います」    眞上は退職の挨拶として金山宅を訪れていた。  金山は、そうか、とだけ応えた。  眞上は壁に掛けられたカレンダーを見た。明後日の9月12日、ペンで赤い丸がつけられ、参観と書かれている。金山の年齢からして我が子ではあるまい。 「お孫さんの授業参観があるのですか?」  眞上がカレンダーに目をやりながら言うと、金山の声が高くなった。 「そうなんや。明後日な。あ、そうや。眞上、かき氷食ってけ」 「え? あ、いえいえ。ご挨拶に伺ったまでですので」 「そう言うな。ほれ、母さん。昨日買ったやつ、眞上で試してみよう」  奥様が口もとを抑えて「失礼ですよ」と言いながら奥へ引っ込み、新しい箱を持ってきた。 「かき氷が好きらしくてな。なんや、昔のかき氷機とちがくてよ」  金山はガハと笑いながら、奥様が持ってきた氷をセットした。  お孫さんがかき氷が好きなことを最近知ったのだろう。今まであまり会えていなかったのかもしれない。眞上は嬉々とした金山の表情からそう感じた。 「なんや、これ? ここ押すんか? 分かりにくいやっちゃな。眞上、ここか?」 「うーん、そうですね。これですね」  奥様がキッチンから微笑んで二人を見ていた。やがて氷がしゃくしゃくと削れる音が響き、その音に隠すように金山が話し始めた。 「息子に謝ってな。そしたら授業参観あるから来てってな。なんや、俺は謝らへんかって色んなもんを損しとったな。お前にすまんかったな言うたら意外と気持ちよくてな。俺ぁ、こん歳までえらい損しとったわ」  そういえば金山は奥様のことを母さんとは呼んでいなかったはずだ。  そんなに使わないだろうという1リットルのいちごシロップが置かれた。金山は嬉しそうにそれをぶっかけた。眞上は手を合わせてスプーンですくった。冷たく、舌で柔らかく氷は溶けた。 「美味いか?」 「はい、美味しいです」    アイスコーヒーの氷がからんと音をたてて溶け、金山と眞上は濃いいちご味のかき氷を食べた。 「甘いなこりゃ」 「入れ過ぎですよ」 「眞上」 「はい」 「頑張ってこいな」  金山はそれだけ言った。また来いよとは言わなかった。眞上はキンっと頭に刺さる鈍痛にもだえながら一礼した。  眞上は転職先でもこのアフターサービスの業務を続けるとのことだ。 了
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