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クレームは大きく二種類に分かれる。自社製品に欠陥があり、お客様が怒っているもの。自社製品に欠陥はなく、お客様がお客様のものさしで怒っているもの。
長引くのは後者だ。
今回のクレームは浴室内の物干しフックが壊れたという事象だった。アフターサービス部の電話が鳴り、電話を取った社員は狼狽えていた。
眞上は受電した社員に合図をして電話を代わった。金山は電話を代わった眞上へ名乗ることなく、ただ罵声を浴びせた。
眞上は受話器を耳にあてながら、顧客情報に目を落とした。
とっくにアフターサービス期限は切れている。壊れた原因は、荷重制限を超えた洗濯物を干したか、体重をかける使用をしたか、そんなところだろうと眞上は考えていた。
眞上は15分にわたる罵声を聞き続け、金山が大きな呼吸をとった隙に言葉をはさみこんだ。
「かしこまりました。金山様、お伺いしております壊れた箇所は浴室の物干し用フックで間違いないでしょうか?」
「なんで最初から話さなあかんねん。聞いてんのか、お前。あ?」
眞上はPC画面におびただしく並ぶ通話履歴を見ていた。
「はい、お気を悪くさせてしまい申し訳ありません。途中から代わらせていただきましたので、間違いがないかを確認したかったです」
「どうせ録音してんやろがい。われで聞き直さんかい」
「失礼しました。そのようにいたします。では、壊れた箇所が物干し用フックとすれば、アフターサービス期間は過ぎてしまっております。またお気を悪くさせてしまうかもしれませんが、その前提をもとにお話をさせてください」
ひとつ間が空き、途端にオフィス中に響くような怒鳴り声が受話器から漏れた。
喚きより叫びというほうが近い。眞上は耳から受話器を離そうとせず、しばらくその叫びを聞き続けた。
通じないな。
このまま電話応対していたらきりがない。眞上はそう判断し、確認のため伺いますと告げて電車に乗った。
そして今、金山宅のリビングで眞上は正座している。
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