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もう昼食時になったというのに眞上は動かない。
「出ていけ言うてるやろが。昼飯の時間や」
「いえ。金山様は奥様に非があるようなことをおっしゃいませんでした。ならば金山様に非があるのではないですか? 奥様に謝りましょう」
「お前に関係ないやろが。なんでアフターサービスのやつが迷惑かけとんねん。早よ帰れ」
「帰りません」
眞上は今までにない強い目線を金山に向けた。
金山は頭を掻きむしり、ローテーブルに置いていた携帯電話を手に取った。一向に強さを緩めない眞上の眼差しに、仕方なさげに通話ボタンを押した。
「…………ああ。もしもし。どこにおるんや? …………あぁ、なんか、まあな、俺が悪かった。なんや、その、また眞上が来とってよ。アイスコーヒー淹れようとしたけど、分からんでボトルコーヒー入れたった。どこに何があるかも分からん。…………あぁ、うん、迎えに行くわ」
電話を切った金山は柔らかい表情を浮かべながら、眞上に向かった。
「ちょっとよ、迎えに行くから。お前も送ってくから乗ってけ」
「はい」
金山は車を運転しながら鼻唄を歌っていた。助手席で眞上はなんの歌かも分からないながら心地は良かった。
「金山様、まだ私どものことは憎いでしょうか? どうしても完璧にいかないところがございます。それを可能な範囲の中でサポートさせていただくのがわたしの仕事です」
金山がハンドルを切りながら鼻で笑った。
「もうええわ。とっくの昔にどうでも良くなっとったわ。もう無茶は言わん。また壊れたらちゃんと頼むわい。まあよ、辛抱しながらようけ来てくれたな。すまんかったな」
眞上は大きく礼をした。
「いえ、ありがとうございました」
金山の頬が緩んだ。
「近く寄ったらいつでも来い。ほんで、お前は偉くなれ」
「はい。偉くはなれませんが、近くに寄りましたらお電話させていただきます」
「前の若いもんにも悪いことしたな。それにしても……お前は生意気にもフックより俺自体を直したかったんやな」
「いえ、そんな」
ドアを閉めると金山が窓を開いた。
「ありがとな。また来い」
「はい。お気をつけて。奥様にもよろしくお伝えください」
金山は真夏の太陽に負けないくらい明るい顔で眞上へ手を振った。
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