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季節は巡り、南風が梅の香りを乗せて競技場に吹く。 「ヒーローがんばれー」 「ヒーローふぁいとー」 向かい風に負けず走る大に、児童から声援が送られている。 「そろそろ昴様もいっしょに走ってきたらどうですか」 フェンス越しに陸上部の活動を眺める昴の肩を、衛は叩いた。フェンスの向こうで大が小学生にバトンを渡した。 「あれから、大さんは市内の陸上クラブに参加して、リレーを学んでいました。今度こそみんなで完走するために」 「あれは、僕のせいなのに」 「だれも昴様をせめてませんよ。そして、昴様を待っています」 澄んだ空と同じ青色のトラックを走る小学生はバトンを次の走者に繋いだ。健に。 「走ることが、陸上が好きなんですよね? みなさんもそうなのです。だから、こうしてここに集まってきました。昴様も」 コーチがタイムを読みあげ、健はバトンをつきあげた。 「そうだね」 思いのほか無邪気にはしゃぐ健を見て、昴は長いまつげをふせて笑った。 「僕には走ることしかとりえがない。独りで足を使うことしかできない。バトンや相手のことを考えると、手足の使い方がわからなくなる」 「大丈夫ですよ。(※1)ィールド競技専門の二人がこうやってリレーができるように、昴様もできます」 衛のまなざしと昴の沈む視線がからむ。執事の真剣な目を見つめて、美少年はふっと笑った。 「走ってくるよ」 入場ゲートへと駆ける。衛もおともする。 「キミも来たんだな」 競技場内に入る直前。背後から声がかけられた。陸だ。 「あのときは、無理やりリレーをすすめて悪かったな」 「逃げて、すみませんでした」 「私がことを急ぎすぎた。キミは悪くないよ。行こう」 陸が昴のうでをつかんで、足を早める。 トラックの内側の芝生にいる大と健が気づいて、手を振った。芝生の緑がまぶしい。 「四人そろったっすね」 梅の香りが青年たちを包みこんだ。 「三月末の市民大会のリレーに出場してみないっすか。 自分は児童の部のリレー参加できないから、応援だけしようと思ってたっす。みんながいれば一般の部に出れるっす」 反対する者はいなかった。 「なら、今度は第一走者を昴にするべきだ」 と、健は昴にバトンを渡した。 「短距離やリレーを大と練習してみてわかったんだ。スムーズなバトンパスも大事だけど、スタートの瞬発力も大事だってね。一走は(※2)ラウチングスタートになれてる者――昴がいいと思う」 「そうっすね」 「そうだな」 冷たいバトンの感触を確かめていた昴。頬が紅く染まり、上にあがった。 「スタートダッシュなら、できるよ。 リレーの練習して待っていてありがとう」 昴はバトンを大にさし出した。 「大丈夫って、信じてたっすから。 アンカーは陸さんでいいっすか? トリを飾るのは卒業する陸さんにやってもらうのがいいかなって」 バトンは大から陸の手に収まった。 「……あ。卒業できるっすよね? 卒論通ったっすか」 「心配ご無用。卒業できるし、就職も決まってる」 「どこっすか」 「エアライン。海外のマラソン大会に行きやすそうだなと」 就職先の理由を聞いた昴の目が輝いた。 「陸も走ることが好きなんだね」 「うん」と、陸は力強くうなずき、「あ」と、なにか考えて止まった。 「……今度は4×400m(マイル)にしたらどうかな。 大は速さよりも体力があるし、私もそうだから、その方が勝機があると思うのだが」 陸の提案に全員賛成し、市民大会でのマイルの出場が決定した。 「また昴様のリレー姿を見られるのですね」 ことの成り行きを見守っていた衛は、安堵して涙ぐんだ。 ※1競技場のトラックを走るレースがトラック競技、投てきや跳躍がフィールド競技 ※2手は地面につき一般的にはスターティングブロックを用いて利き足を前にかけた姿勢でのスタートをいうwikipedia引用
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