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昨日卒業式があった大学構内の桜並木の蕾はまだ固い。
ドリンクの買い出しを仰せつかった執事の衛は、門出を祝うような晴天を見上げて、ため息をついた。
衛が仕える昴が所属する陸上部の部室に向かう。サークル棟の三階へのぼる足どりは重い。年だからではない。見た目は初老でも昴の警護役を務められるほどの体力はある。
残り十段。大学になじむカジュアルな服を動かし、駆けあがって気分を整え、部室のドアに手をかけた。
「ビラを配って勧誘すれば一人や二人は来る。ビラを作るべきだ」
部室に入ると、部長の陸がまだ根気強く提案していた。
残りの二人の部員は頬杖をつくかマンガを読むかしている。この態度も衛が部室をでる前から変わっていない。衛はまたため息をつきそうになった。
「で、それで確実に新入部員は来るのかよ」
長机で頬杖をついてたほう、健が黒目だけあげて、やわらかな陽が射しこむ窓を背に立つ陸を見つめた。少人数にふさわしい狭い部室は昼すぎには陽光に満たされる。
「わが陸上部があるということを知ってもらえる」
にっと屈託のない笑みを浮かべる陸。それに対して健は難しい顔のまま。
「じゃあさ、来てもらうようにどんな内容書くわけ? 他と同じように書いても埋もれるし、『みんななかよし楽しいヨ』だなんてウソ書けないし。陸上は厳しいトレーニングがつきものだし、三人とも種目が別だし、気が合わないし」
「そこは考えてる」
と、陸は得意げにA4用紙を広げた。
「え。これ?」
健の顔がより険しくなった。
「こ、これはっ」
ビラの下書きを目にした衛は、ペットボトルドリンクを机に置いて見入った。
なんと、「新入部員募集」の文字の下には昴の写真ばかりが貼られていたのだ。ショートスパッツ姿やジャージ姿、スポーツドリンクを飲んでいたりマンガを読んでいたり。
「いいですねぇ。じいやも持ってない昴様のポートレートです」
「だろ? 俊足王子の昴。これで女子が釣れるだろ? 四年生が卒業して、いまや部員は男三名。この危機的状況を打開するにはこれしかない」
おおっ、と拍手をしたのは衛だけ。
「あのさ、」
ようやく、昴がマンガを閉じて、口を開いた。
「僕を勝手に使わないでほしいな。肖像権の侵害だよ」
昴はそれだけ言うと、ペットボトルを開けて飲みだした。外でヒヨドリがピィーと鳴き叫んだ。
「おまえな。話し合いに参加してないヤツがその言い方はないだろ。この案はオレも却下だけどさ。女はいいと思うかもしれないけど、オレには気持ち悪い」
「昴様のことを気持ち悪いとは」
衛は健をしめあげる。
「いっ昴のことが気持ち悪いんじゃなくて、うっ男には受けないってことだよ」
「男のじいやも昴様のお姿は見惚れます」
大学生に劣らない衛の腕力。しめつけが強くなる。
「昴はなにか案あるか」
陸がため息まじりに聞いた。
「じいやが書けばいい」
「え?」
コペルニクス的転回の解答に、部室は揺らいだ。
「……ありかもな。衛さんは器用だから」
「たしかに」
陸と健の期待する視線が衛に注がれる。
「やってみましょうか」
衛はマイ筆ペンをサッとだした。
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