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「死にたいってさ、生きたいってことの裏返しみたいだと思う。だって、いつだって死ぬことの対は生きることではないと思うし、生きることの対は死ぬことじゃないと、俺は思ってる」
「どういうこと?」
「あ……だから、自分を傷つけるほどの何かから逃れたいが故に、お嬢さんはよく『死にたい』って言うんだろう? それって、それほどまでにする要因なくして生きられたらいいのにって。お嬢さんの言う愚痴はいつもなんだかそんな感じがする」
「そう……そうかもしれない。じゃあさ、お兄さん。私を殺してよ」
彼女は口の端だけ笑って呟いてフェンスに寄り掛かり、渋谷の夜の海に背を向けてズルズルと座り込んだ。言葉を探すふりをして、傷つけるのが怖いからとまた何も言わないでいると、くいっと服の裾を引っ張られる感覚があった。
「私が死にたいのは、他のなんでもない、私自身が私自身を殺してしまいたいほどに嫌いだからよ」
「……じゃあそこから飛び降りでもすればいいだろ」
断っておこう。俺は彼女がどうなろうと別に構いやしないのだ。ただの友達、いやそれにも満たないような関係で、特別恋人だとかそんな関係はもっていない。もともとこの場所は俺が家に帰りたくないが故に、一服しながら時間を潰すための場所だったのだ。それがいつからかこうして彼女も居座るようになったのだ。故に彼女の名前も、年齢も、何もかも知らないのだ。
「自殺なんかじゃダメだよ。自殺なんてしたら、なんかこう……誰かの安い歌に成り下がりそう。それは結末としてつまらない。誰かに命を奪われた方が、なんだか小説の一本でも書けそうじゃない」
彼女を一瞥すると、無機質な人形のように力なく座ったままだった。こんな自分の死に方なんていうものを淡々と語れるものなのだろうかと思ったが、そんな話を俺は平然と聞いていた。俺は彼女よりも幾らか大きな身体を折り曲げて、彼女の隣へ腰を下ろした。しかしやっぱり、彼女には触れることはできない。そのわずかな隙間は見かけよりも遥かな距離であった。生暖かく、重たい風が俺たち二人の髪を揺らした。俯いていて髪で窺えなかった彼女の表情が見える。
「お嬢さんは嘘つきだね。こんなにも、生きているのに」
すると君は「バレちゃった」と乾いた笑いを短く吐いた。それは今日一番の笑顔だった。無理やり作ったようなものではなく、正真正銘の彼女の笑顔だった。その横顔には小さな宝石のような涙が伝っている。あまりに美しく涙が彼女の頬を優しく伝うから、思わず彼女のことが欲しいと思ってしまった。
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