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「なあ、天使はどうしてその傷をそんなに汚がるんだ」
「生まれ変わった時に、いずれ傷のつくような腕じゃ嫌だからだよ。当たり前だろう?」
天使は持っていた腕をポイ捨て煙草と同じくらいの軽さでポイっと投げた。彼女の腕が転がって、傷がこちらを向いて止まった。彼女との記憶が脳裏に反芻される。あの傷を愛おしいと泣きながら笑った彼女の顔を、あの美しい涙を。
天使の話によると死んだものは皆、死んだその段階から今度は赤子に戻っていくそうだ。再び誰かの腹に宿るまでに、自分の死因となったものを取り戻すことで、完全体となって生まれ変われるのだという。
「取り戻すものは、死んだ人からいただくのさ。死んでいれば、目をくり抜こうが、腕を切り離そうが、何をしようが、それはその人の死因にならないからね。その人は後々、わざわざ天使にとられたものを補填する必要はないのさ」
「一旦赤子……腹の中に還るんだろう? 腕の傷なんて消えるじゃないか。生まれつきそんななんてことはないだろ」
「いただいた身体の部位なんかは、生まれ変わって現世に戻って成長した頃、同じことを繰り返すことになるのさ。だから私がこの腕を持っていけば、私は成長したら左腕を傷つける運命を背負って生まれる事になるのさ」
「何を贅沢な」
「あはははっ、君に言われたくはないね。だけど、まだまだ面白いルールがあるんだよ」
天使は天使あるまじき不敵な笑みをたたえて俺のことを見た。ゆっくり俺に近づいてきて、俺は後退りをする。天使の髪を引きずる音が、不気味にずるずると自分の心音に絡みつくようだった。やがて逃げ場がなくなると、天使は俺の左腕に触れ、先ほど彼女にしたみたいにスパンと俺の左腕を切り離した。
「ううっ、ぐああああああああっ!」
俺の苦しみが全身を駆け巡る。電流のように走って、汗も拍動も呼吸も何もかも、先ほど彼女を殺めたその瞬間の何倍もの苦しみが俺から溢れ出て、辺りの空間を満たした。のたうち回る俺の身体は泥や埃でどんどん汚れていく。そのうちに水溜りに腕の断面が浸かって痛みが増した。
「くそっ……この堕天使め! 何しやがる!」
「だから言ったでしょ、まだ面白いルールがあるって」
「そんなこと、俺には関係ないだろう! さっきから彼女の傷を汚いと言ったり、腕をすっ飛ばしたり……話を聞いてりゃ俺の腕を飛ばしたのだって、きっと全部、お前の都合だろうが!」
天使は俺の腕を大事そうに抱えて、足軽々彼女の死体の周りをスキップして回っている。まるで、欲しかったおもちゃを買ってもらえた子供のようだ。キャハハと声を出して笑って舞う天使なんて、さぞ美しいんだろうが、さっきとは打って変わって地獄絵図に思える。悲劇が面白いのは、それが他人の人生だからだというのがよくわかった。
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