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「なんでお前なんかが天使なんだ。極楽浄土が聞いて呆れる」
「ええ、知らないの? 神様ってのは、聖書の中じゃあ一番人を殺してるんだよ。そもそも『天国も地獄も生きている間に見るものだ』って架空の宇宙飛行士が言ってた。想い人が旅立てばあんな綺麗な世界に、憎い人が旅立てばあんな苦しい世界に。単純明快、ただの自己中心夢物語に過ぎないよね。だけど実際にそれは歴史になって、極楽浄土も閻魔も誰かの安らぎになってる。事実じゃないか」
彼女の死体の上に仰向けで寝転がって、俺をおちょくるように言ってきた。「そんなに泥だらけで汚いね、どうしたの?」なんて俺を嗤う天使には、汚い俺が逆さまに見えているのだろう。当たり前ながら、たとえ世界をひっくり返しても、俺は綺麗にはなれないらしい。
「ああそうそう! もう一つのルールは、人を殺した人間からは好きなパーツを奪っていいってルールさ」
「な……それでお前は、俺の左腕を?」
「ああ。この子が自殺じゃなくって、君が刺し殺してくれて良かったよ。それも右手で」
天使がニコッと笑うと、渋谷の街は今日が明けて、明日がやってきた。街に靉靆な光が優しく降り注ぐ。天使に後光が差し、天使が片腕を持っているというシルエットが浮かび上がってくる。
「それじゃあ私はこれで。腕ありがとう」
天使はわざわざ俺の腕で俺に手を振って見せた。ふっとその姿は消えて俺に思い切り陽光が当たり、ぐっと思わず目を瞑る。長いようで短かった、人生であまりに美しく、そして残酷だった「昨日」を反芻した。
「ふっ、あははっ、あはははは!」
俺は笑いが止まらなくなった。
それも無理はない。だって俺は彼女を刺し殺しちゃいないからだ
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