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「大祓の茅の輪でございますね。五百円のお納めでございます」
「五百円ね。はい。暑いのにご苦労様だね」
「確かにお納めいただきました。お気遣い、ありがとうございます」
「健康が一番じゃからのう、わはは! じゃああのーほら、和紙でできてるあの……」
「形代ですね。お持ちいたします」
どんなに暑かろうと、笑顔で参拝者の方と窓口で対応する。この時期は大祓関係で授与所にくる参拝者で賑わいを見せるため、窓口のほとんどは開けっ放しだ。故にエアコンの涼しい風はどんどん逃げていく。暑い。アイスが食べたい。瓶ラムネのパチパチとした喉越しが恋しい。
「では作法通りにお願いいたします。この形代にお名前とご年齢をお書きになりましたら、形代を左、右、左の順番で身体に撫でつけてください。その後、形代に三度息を吹きかけたら終了です。終わりましたらお声がけください」
はあい、なんて間の抜けた返事が聞こえる。
形代。大祓では半年ずつ積った罪穢れを人の形をした紙人形「形代」に各々移し、それを大祓の祭事で祓って清め、焚き上げることで無病息災などを祈願するものだ。昼間、大学で薫が言っていた涙うつしも、これに似たようなものなんだろうか。
「ああ、そうだ小春ちゃん」
「いかがしましたか」
「孫がねえ、言ってたんだけど。涙うつしのお人形ってここにあるかい?」
「涙……うつし、ですか。えーっと……」
困ったぞ。こんな爺さんでも知っているようなものだったのか。答えられなきゃ母にしばかれる。やばいやばい。汗がどっと出てくる。正直にわからないと答えようか。いや、でも本当に私の知らない神道の何かだったとしたら、わからないなんて言った日には夕飯抜きだ。
「恐れ入りますー、新田さんお元気ですか? 松前です」
「おおお、まりこちゃん。これはこれは。元気だよ、おかげさまでね」
「良かったです。あ、涙うつしでしたよね? あれは神道とは関係ないので、そのためのお人形は頒布してないんですよ」
「あいやー、そうかいそうかい。ありがとさん」
「いいえー! じゃあ作法終わったら小春ちゃんに渡してくださいね」
松前まりこ。この神社で私が唯一心を許せる巫女さんだ。私の三つ年上の従姉妹に値するまりちゃんは、小さい頃からよく私の側で私を守ってくれていた。
以前それとなく聞いた時、「幼心でもわかっていたのね。あれが小春ちゃんに良くないものだって。私の家じゃ私は末っ子だから、妹みたいなあなたを放っておけなかったのね」なんて言って笑って頭を撫でてくれた。まりちゃんは大学卒業後、私の家の神社に就職して巫女さんとして働いている。そして今も変わらず、何かある度私の前に立ってくれる。
「まりちゃんありがとう」
「小春ちゃん涙うつし知らないの?」
「いや、今日大学の友達から初めて聞いたんだけど、なんなのかまで聞かなくって」
小声で会話をする。そっと背後を見渡して、誰もいないのを確認する。そしてまた小声で話し始める。
「社務が終わったら今日もこっそり稽古?」
「そのつもりだけど、どうして?」
「弓道場で待ってるね。涙うつしについて、教えてあげる」
そういうとまりちゃんはお客さんのお茶出しに小走りで向かっていった。涙うつし。こっくりさんレベルの都市伝説になりつつあるのかと考えていると、新田さんから「小春ちゃーん、終わったよう」と声をかけられ、形代を受け取って私はまた仕事に戻った。
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