涙うつし

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 神社での夏越しの大祓も滞りなく執り行われ、神社社務内は少し落ち着きを取り戻した。ピリついていた母さんも少し柔らかくなった様子だった。  相変わらず、私は夜な夜な的場に矢を射に向かう日々が続いている。矢を夜明けまで射っては、朝には支度、次に大学、学祭準備に学校での大会練習、立練(たちれん)がある日はそれに参加した。そこから帰宅し、神社の手伝い。私の身体は疲弊しきっていた。 「ねえ、小春。大丈夫? 顔色悪いよ」 「え? そんなことないって。それで? こないだの瑞沢君とのデートがなんだって?」 「そうそう! それでね……」  薫は相変わらず、瑞沢君とうまくいっているようだ。幸せだ、と言うオーラの色がついて視えるくらいに、もう全身から毎日を楽しんでいるようだった。綺麗なグレーアッシュ? と言う髪色にキラキラした目元、桜色の唇に、綺麗なお洋服。あ、このネイル、この前画像見てたやつ。 「……羨まし」 「ん? 小春ごめん、聞こえなかった」 「えっ? ああ、大丈夫大丈夫、独り言!」  無い物ねだりだ、こんなもの。この場にいては、薫に何を言ってしまうかわからない。やっぱり体調が……とか言って帰ろう。大会は明日だ。この身体や心の具合じゃ、とてもいい矢は射られない。 「んんー、薫。ごめん! 今日はちょっと……」 「ほらやっぱり。大丈夫だよ! なんと私今、瑞沢君にご飯行かないかって誘われちゃいましたー!」  じゃじゃーんというセルフ効果音つきでスマホの画面を見せてくる。よかったじゃんと笑って私は手を振って、薫に背を向けた。うまく、笑えていただろうか。 「ほら、今日も鍵」 「…………」 「おい、小春。聞いてるのか?」 「え? あ、鍵。いつもごめんね」 「構わないさ。明日だろ、大会」  弟は今日も弓道場の鍵を私に持ってきてくれる。それを白衣の袖に入れ、仕事に戻ろうとした時、ガクン、と膝の力が抜けた。勢いよくその場に倒れ、流石の大きな音に驚いた父さんが様子を見にきた。 「なんだ、小春か。つまづいたのか? はっ、何年その装束を着ている。春渡に怪我はないだろうな」 「父さん、僕は大丈夫です」  ああ、やはり弟は両親の前ではまりちゃんのように私の前に立ってはくれないのだな。わかりきったことを項垂れて、いつも通り謝ろうと状態を起こすと、私の袖からチャリンと鍵が落ちた。私の身体が一気に強ばるのがわかった。 「ん? これはっ、弓道場の鍵じゃないか! 小春! いったいどういうことか説明しなさい!」 「練習を……したくて」 「練習だと? お前に貸す道場などない! 何度言えばわかるんだ!」  父さんは私から鍵を奪って、怒鳴りつけた。直後、父さんは私の白衣の襟を掴んで床に投げ捨てた。私が強打した肩の痛みに呻いている時でさえも、弟の目はただの傍観者、他人の目だった。弟は父さんに連れられてどこかへ行ってしまった。今日に限って、まりちゃんはいない。私は痛む肩をさすりながら自室に戻り、仕方なくゴム弓で練習をした。 「どうしよう、打った肩が痛くて、会を長く保っていられない……」  会は、弓を最大に引き、矢を放つ絶好のタイミングが熟すまでその時を待つ大事な瞬間なのだ。しかし、ゴム弓でもそれが難しいとなると、本番の弓でそれが保てる可能性は低く、満足のいく射はできない。私は不安のまま床について、このタイミングと家族を恨んだ。
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