37人が本棚に入れています
本棚に追加
首に刃物特有の熱い痛みが生まれた途端、左手が捻り上げられた。目を開くと、必死の形相の隼人が見えた。
ナイフが床にぶつかり、音を立てた。
誰も動かず、声を出さず、風が揺らす葉音と、春を待ち侘びる鳥の声だけが、音の全てだった。
圭の頬が鳴った。
一瞬ではあったが隼人の手の温もりを感じた……。
今、圭の頬を叩いた手で、隼人はハンカチを取り出すと、圭の首に当てる。その行動に初めて、圭は出血しているのだと気付いた。隼人の手は震えている……。
勇一郎がナイフを拾い上げ、畳むと懐にしまった。
「金輪際、彼には近付くな。
言うことを聞く気がないと判断したら、あんた等のやったことを世間に広めるからな。もう二度と、日の当たる場所を歩けなくしてやる」
礼子が力なく座り込んだ。
気の強い目の力が消え失せ、虚ろな瞳が圭を見ている。
何かを言おうとしているのか、唇がうっすら開きかけた時、隼人が圭の背中に手を掛け、帰ろう。と、言った。
圭は冷たく礼子から視線を逸らし、隼人に向けた。
最初のコメントを投稿しよう!