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「はい」
「あー助かる、明日までによろしくね」
確か四十半ばのこの上司は、面倒な仕事はいつも私に頼んでくる頼りのない人だった。それでも私はいつもそれを受けている。残業は思い切りやってお金を稼ぎたいと思っていたからだ。
私は再び正面を向いて背筋を伸ばしたままもらった書類を確認した。時計を眺めながら終了時刻を計算する。自分のやっておきたい仕事も加えると、多分夜の九時は越えるだろうな。
私は無言で仕事を続けようとした。その時、背後から聞き慣れた声が聞こえる。
「水野、大丈夫? 俺半分もらうよ」
振り返ると、風沢が私の顔を覗き込んでいた。同期ということもあるのか、風沢は私にも人懐こく話しかけてくる。大した人だ、とそこは素直に感心しながらも、小声で答えた。
「大丈夫」
「でもそれ残業確定じゃない?」
「いいの」
短くそれだけ言うと彼の存在を無視するようにパソコンに入力を始めた。背後で風沢が見つめているのを感じる。別にいいからどこかに行ってほしい、と思っていた。
「あ、風沢さん! 今からみんなで飲もうって言ってて。一緒に来ませんか?」
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