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「パリは仕事でこれから頻繁に行くから露風さんのこと案内出来ますよ」
「それでもいいけど他に行きたいとかねえの?」
「ならカリフォルニアも行きたいです」
「俺の母校見学でもする気か?」
「だって学生時代の露風さん気になりますもん」
「今と大して変わんねえよ」
ご立派な大学ですよねえ、とストリートビューを眺めながら呟く菫が暢気で有難い。こんな風に穏やかな時間が菫の日々を満たしてくれたら言うことはない。
涙を堪えることの多い過去を過ごしてきた菫のこれからが、出来る限り健やかなものであるためなら俺は何だって捧げられる。その純真無垢な瞳がこの先はもう二度と、悲しみで濁ることがなければいい。
「楽しみが出来て嬉しいです」
「はいはい、それで行き先の候補は決まった?」
「アメリカ横断とかどうでしょうか?」
「そこまで休み取れねえわ」
授業のない冬休みの時期に照準を合わせたとしても、他にも仕事は山積している。どう頑張ってももぎ取れる休暇は1週間が限度だろう。
それは不自由そうですね?と菫はあまりわかっていない様子で首をもたげていた。残念ながらこの浮世離れだけは、もう手の施しようがないほど重症そうだ。
「でも露風さんと一緒ならどこでもいいですね」
まあだけど、それもいい。
菫がずっとこのまま笑っていられるなら。
俺は柄にもなく甘っちょろいことを考える自分を今回ばかりは見逃してやりながら、まだ長い煙草の穂先を灰皿に押し潰した。
──Extra sound. 02
Fin.
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