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「第一露風が肩代わりしても実質菫の借金が減るわけじゃないだろ?」
「そうだけど、急ぐ必要はなくなるだろ」
「歯切れ悪いな、なんだよ」
「…そんな次から次に仕事入れるもんか、普通」
バツが悪そうに煙草を噛む。
らしくもない横顔に思わず声を立てて笑った。
コンサートを聴きに来ていた露風を追いかけたあと、控室に戻ってきた菫が、真っ赤な顔で今日は露風と一緒に帰ると言ったそれだけで俺はすべてを察した。
当たり前のように露風からはなんの連絡も報告もなかったけど、見逃してやることにしていた。可愛い後輩に免じて。でも菫がパリに行った途端にこれか。
「随分と丸くなったなあ、人間嫌い」
「…うるっせえ殺すぞ」
「罵倒にもキレがないな、鈍ったか?」
俺は十代の頃からプロダンクションを変えてないので菫と所属はまた別だが、次の公演先をパリにしたことは本人から聞き及んでいた。
さすがに大丈夫かと心配したが、菫の決意が固いことを知って引き下がった。しかし俺よりずっと往生際の悪い男がまだここにいたらしい。これが笑わずにいられるか?
「仕方ねえだろ、ピアニストの仕事もギャラも想像すらつかねえんだわ」
「はは、それで借金の肩代わり?」
「金のために仕事詰めてんならと思っただけだ」
「それは取り越し苦労だな」
確かにピアニストのギャラはそれぞれ知名度や公演規模によって異なるが、菫の場合はこれまでの実績と国内外での人気から言って、世界の中でもトップクラスだ。
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