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あの父親の後ろ盾があったおかげでスポンサーは世界的にもメジャーな企業ばかりだし、支援者も金持ち揃い。昨今厳しい懐事情の音楽財団や演奏家も多い中、菫のギャラは破格と言っていいほどだった。
「この前の公演の金が入れば即返済完了だ」
「…クソが、心配して損した」
「まあ確かに菫の場合は今までがずっと根詰めて人前に立たされてた分、若干感覚狂ってるとこはあるだろうけど、次の公演年明けだろ?そこまでタイトじゃないよ」
不服げな露風に口元が緩むのを抑えきれない。
本当にあの織木露風か、コイツ?
それに今の菫のマネージャーの的場は、業界では有名な辣腕だ。菫の父親の操り人形だった笛吹とは違って、ちゃんと演奏家に寄り添いながら仕事を選んでくれるだろう。
「露風が心配することはなんもねえよ、もう」
「…だったらいい、忘れろ」
「いや絶対一生忘れてやらねえけど」
こんな面白いこと、忘れられるわけがない。
気付けば随分と長い付き合いになった友人が俺の前で初めてこんな情けない姿を見せたのだ。それが俺にとってどれだけ嬉しいことか、わからないだろ?
鬱屈とした日々の憂さを晴らしたくて意味もなく手を出した煙草を左手にぶら下げた俺は、薄暗い廃屋の中で露風に出会った。
閉鎖的で窮屈な世界の中で秘密なんて抱え続けることは難しいものだ。だから俺は露風の意志とは関係なく、その重たすぎる過去についてを情報としては知っていた。
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