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どれだけ付き合いが長くなっても一向に心を開く気のない露風を、それでも構い続けたのは、とてもシンプルな理由だった。
俺は普通に、露風が好きなんだ。
悪辣で尊大な織木露風は、代わりに忖度もない。
誰にも迎合することなくたったひとりでも生きられるその強さが、眩しかった。多分それは憧憬と呼ぶような感情なのだと思う。
俺はあれこれと抱えなければ生きている理由など持てない人間だから。でも、だからこそ孤独に決して潰されない露風が輝いて見えたし、心配でもあった。
余計なお世話だって知ってるけど。
でもさ、お前だって、寂しい時くらいあるだろ?
「…鬼の首取ったみてえな顔しやがって」
忌々しげに煙を吐いて立ち上がる露風がすぐ背を向けて去って行くのを見ながら、俺は無意識に懐を探る自分に気付く。
馬鹿だな、とまた笑った。
もう煙草はすっぱりやめたはずだったのに。
𓂃𓂃𓍯𓈒𓏸𓂂𓐍◌ 𓂅𓈒𓏸𓐍
「露風さんが来てたんですか?」
その夜は、満月が見下ろしていた。
秋の長い夜の中で、正確な秒針が時を刻む。
パジャマに着替えた詩が目を瞬いた。ベッドの上で雑誌を開いていた俺はそれをサイドテーブルに置いて、頷く。
「詩が律と買い物に行ってる間にな」
「全然気付かなかったです」
「菫がパリに行っただろ?それでヘソ曲げてた」
「あの露風さんが?」
菫すごい、と微かな声で囁く。
風呂上がりの詩からは優しい石鹸の匂いがした。
俺と付き合い始めた当時から露風とは何故か妙に気が合う詩は、まるで兄にでも懐くように、あの辛辣で仏頂面な男を怖がることもなくやけに心を開いていた。
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