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「先輩がくれたのだからきっと高いですよね」
「坊ちゃんだからな、あの野郎」
蒼の父親は世界的に著名な指揮者だ。
さすがに財力で言えば天羽家には敵わないだろうが、それでも蒼も一般的な家系に比べれば裕福な家庭環境だっただろう。
「ご存じですか、先輩のお父様」
「名前と顔は知ってるけど会ったことはねえな」
「今はジュネーブに住まれてますしね」
「菫は会ったことあるのか?」
「はい、私は何年か前に共演してて」
一緒にラフマニノフを弾きましたと懐かしそうに笑う菫に、そうかと返しながらリビングに戻る。
蒼は昔から女関係にだらしない父親を快く思っていなかったが、菫は知らないらしい。なら俺がわざわざ吹聴する必要もないだろうと何も言わずにおくことにした。
「露風さん、お仕事大丈夫ですか?」
「ああ、まあ今はそこまで追われてねえしな」
「それなら良かったです」
大きな学会発表の前なんかは慌ただしくて家にも帰れない日が続くが、次は年末にストックホルムで行われる精神医科学会が大きな学説発表の機会になる予定だ。
それまではまだひと月ほど猶予がある。あちこち遊び回るほどの余裕はないが、こんな風に恋人とゆっくり酒を飲んで過ごす程度の贅沢は許されるだろう。
「お前こそ疲れてねえの?朝早かっただろ」
「結構クタクタです」
なんか着回し企画で、と次から次へと着せ替え人形の如く色んな服を着せられたのだと項垂れる。
よくわからないまま指示されたポーズを取って写真に収まるのは中々に羞恥心があるようで、そういう意味でも菫はファッション誌の撮影が苦手ならしい。
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