Extra sound. 03

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この世界では、自分の好きなことだけして生きていくということが何よりも難しい。好きなピアノを弾くことが、皮肉にも、菫にとっては苦悩の根源になっている。 それでも心許ないこの指先がそれを手放すことは二度とないのだろう。どれだけ傷ついても、絶対に譲れないたったひとつの存在が、菫にとってはピアノなのだ。 「偉いじゃねえかよ、一生懸命働いて」 「…わたしも大人ですから」 働きますよそりゃ、と眉尻を下げる。 片腕で菫を抱き寄せながらそっと頬に口付けた。 それにわかりやすく体を強張らせる菫はどこまでも不慣れだ。音楽ばかりにかまけてきたおかげで純粋なままの恋人は、やたら恥ずかしそうに目を泳がせる。 「距離が、ちか、いです…」 「嫌か?なら突き放せばいいだろ」 「…嫌じゃないから困ってるのに、意地悪です」 「そりゃあ悪かったな」 真っ赤な顔で悔しげに俺を睨む菫に迫力なんてものは皆無だ。その代わりに酷く煽情的で、不埒な欲が腹の底を這いずり回る。 まだ夜の宴を始めたばかりだというのに最近どうにも我慢が利かない。もう三十路も過ぎて随分と性欲も枯れた気でいたのに、年甲斐もないなと内心苦笑した。 「耳弱いの、音楽してるせいとかあんの?」 「、し、らない、です…」 「はは、だよな」 耳元に唇を寄せれば、背筋が震える。 戸惑いを孕んで潤んだ瞳が俺を健気に見つめた。 「もう腹は満たされたか?」 「…まだ、ほとんど、食べてません」 「ならまだこのまま飲んで食って喋っとく?」 俺が問いかけると余計に泣きそうな顔でぐっと下唇を噛む。菫の本心をわかっていながら、敢えて救いの手を差し伸べてやらない俺は、どうしても根性が悪いらしい。
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