猫がいる

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 その好意に甘えて僕らはちぃを連れて新居での生活を始める。猫は環境の変化を嫌う生き物のため、ちぃも最初はとにかく隠れられる場所に隠れていた。小刻みに震えるちぃに連れてくるべきじゃなかったのか? と自責の念に駆られる。そんな僕より灯里ちゃんのほうがずっと忍耐強かった。 「ちぃ、大丈夫だよ。怖くないよ。ここはちぃのお家だからね」  根気強くちぃの背中を撫でて落ち着かせるその様は強さすら感じる。僕も見習ってちぃが早く環境の変化になれるようになるべくちぃを撫でてやった。その甲斐あってか、二週間もするとちぃは実家にいたときのような穏やかさを見せる。住処は狭くなったが、やはりちぃは僕らの寝床で丸まって寝息を立てる。  時々、お母さんが様子を見にくれば真っ先にちぃの様子を窺う。 「ちぃと彰が揃っていなくなったから寂しくてねぇ」  なんて言いながら灯里ちゃんと並んで夕飯の支度をしてくれると人並みの幸せという言葉が頭に浮かぶ。 「あら? この味付け薄くない?」 「お母さんと灯里ちゃんのやり方は多少違うだろうし、灯里ちゃんの料理はちゃんと美味しいからそんなこと言うのやめてね」 「そうねぇ。なら彰にお母さんの料理教えないとね。あんたが灯里ちゃんに作れるようにね」  たしなめたつもりが逆にこちらに矛先が向いた。 「ちぃ、どうしよう?」 「ちぃも彰くんが料理できたほうがいいんじゃない? 台所に立ってるときにちぃが足元にすり寄るのすごく可愛いんだよ」  灯里ちゃんもお母さんの味方をして結局僕はお母さんの味を学ぶことになった。  新居で二人と一匹の生活のはずが、お互いの両親が頻繁に顔を出すため、新生活の感じがあまりしない。新婚の様子を見に来るというよりちぃの様子を見に来ている。ちぃは僕らの恋のキューピッドでもあるから文句は言えない。  ちぃはおやつを持ってきてくれるお互いの両親に愛想を振りまく。そういう態度は猫特有だなとは思うが、僕ら自体もおやつ目的に愛想を振りまくちぃの姿は可愛くてたまらないから人のことは言えやしない。  灯里ちゃんとちぃとの生活に社会人生活にも慣れてきた頃、僕は会社の同僚と飲み歩くようになった。上司や先輩の話など、役に立つと家計に差し障りない程度に付き合っていた。その頃にはお互いの両親が訪れる頻度も減っていた。  僕もこの生活に皆が慣れてきたと高をくくっていた。だが、高をくくっているときこそ気を付けなければならないのだ。中学生のときの慢心が再び僕を支配していた。
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