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——銀太の残酷な猛攻は、その間も淡々と続いていた。
相馬の顔面は潰れ、士鶴と真鍋の会話など、もう聞こえていなかった。
薄れ行く意識の中で、初めて相馬は自分の犯した本当のミスを自覚した。
俺は最初から大きな間違いを犯していたようだ。
それは、波久礼の戦力や戦術を見誤ったとか、自分の方が強いと過信した故の油断とか、そういうつまらないミスではない。
所詮、正義の味方気取りの小僧だと、タカを括っていた事だ。
この波久礼銀太というガキを、完全に侮っていた。
ある意味、俺はコイツを信頼していたのだ。
俺がどんなに凶悪な男でも、結局は正義などを振りかざす者には、俺を殺す事など出来ないと——。
優しさから、最終的にはどこかで俺を許すような、弱いヤツだろうと思い込んでいた。謝り許しを請い更生でも誓えば、簡単に逃すまぬけ野郎だろうと思っていたのだ。
——だが全く違った。
糸を投げて針の穴に通す様なそんなレベルのチャンスを見事に活かし、確実に俺を殺しに来た。殺しに来たのだ。
最初から、チャンスさえあれば、殺す事しか考えていなかったのだ。
そして今この瞬間も、殺そうとしている。
コイツは相手に殺すだけの理由があるば、殺せる人間だった。
悪いことが起きない様に、根源である悪者を必要があれば殺す。
素晴らしい程シンプルな思考だ。
だが人は、そういうシンプルな正義の執行を簡単には出来ない物なのだ。
特に正義を一般に振りかざす者には。
なぜなら優しさがあるからだ。
だが波久礼は、稚拙な英雄願望から、正義の味方に成ろうとしていた訳では無い。
ただこの世界に必要だと思う正義を、一切の心情を挟まず行おうとしていただけだ。
優しさを無駄と切り捨て、純粋な正義だけを行なった。
弱者救済の為の超合理的処置を、一切の躊躇もなく執行した。
俺はといえば、ちょっと世間知らずのガキを脅してやろう、という位の軽い気持ちでしか立ち合って無かった。
これも大義の前の小事、位にしか思っていなかった。
いや、それ以下だったかも知れない。
その時点で、もう負けていたのだ。
コイツに対して、甘いなどと笑った、数分前の自分を猛省する。
甘いのは俺の方だ。
それにしても、コイツは狂ってるな?
正義の味方になりたいんて思う奴はバカ野郎だが、なんの見返りも求めずただ正義だけを実行しようとするなんて狂人のする事だよ。
コイツを味方に出来たら、素晴らしいのになぁ。
でも無理だろうな。こんな狂った奴は手に負えない。
そもそも、俺の話など聞かぬだろう。
完全に今回は負けだな。もう降参だ。
……これは死ぬな。
ああ、なんて俺は間抜けなのか?
相馬が全てを諦めた時——
「銀太っ!?」
士鶴の尋常でない叫び声が、闇に響いた。
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