真鍋と吠兎

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ゆっくり階段を下り、地下へ降りて来る貞臣。 暗闇に近い室内。 蝋燭は燭台に刺され地面に置かれた1本だけ残して、他は全て消されている。 貞臣の視線が動く。 視線の先には、石碑の後ろから、僅かにはみ出て見える黄色いパジャマ。 陽菜の着ていた物だ。 階段を下り切り、貞臣がパジャマの見える石碑に向かおうをした時、背中にドンッ! と強い衝撃を受けた。 振り返るとそこに、全裸の陽菜が居た。 陽菜はパジャマの上を脱いで、ワザと見えるように石碑の裏に隠した。 良く見ればパジャマだけだと分かってしまうが、一瞬だけ貞臣の意識をそちらに向けさせられれば良いだけだから問題なかった。 自作の槍を、貞臣の背中に突き刺す一瞬の隙さえ作れれば良かった。 その為に、何度もやり直して蝋燭の位置も試行錯誤した。 貞臣が階段を下り切った瞬間、辺りを見回した時に直ぐ目に入るようにした。 そして、その作戦は見事に成功した。 そこまでは——。 貞臣に自作の槍は刺さったが、まだ浅かった。 脇腹辺りに、先が数センチ刺さっただけだ。 陽菜はさらに体重を乗せる。 ——が バキッ! 乾いた音が悲しく洞窟に響く。 その後に 「えっ!? ……嘘っ!??」 陽菜の口から、落胆の言葉が思わず溢れた。 音を立てて、唯一の希望である自作の槍は、真ん中から折れた。 当時の陽菜は知らなかったが、神棚は大体が上等の材木とされるヒノキで作られている。 勿論、この洞窟の神棚も、ヒノキで作られていた。 三石家に相応しい上質で高級の最上級のヒノキをではあったが、ヒノキは白く美しい優れた木材だが、強度は杉などからは大きく劣った。武器にするには向かない木材であった。 陽菜は、攻撃から、逃走に頭を切り替える。 だが逃げる前に、足元の何かを咄嗟に拾った。 そして貞臣の後ろを抜け、階段上に逃げようとするが、洞窟内に弾き飛ばされた。 貞臣は体を回転させ、軽く右手を振ったようにしか見えなかったが、小さな15歳の陽菜はその手に当たり、貞臣の前へと大きく弾き飛ばされた。 貞臣を騙す為にパジャマを脱いだ全裸の陽菜は、逆に獣と化した貞臣を無駄に興奮させただけだった。すべてが裏目に出る。 陽菜の上に、覆い被さってくる貞臣。 身体の体内に、異物が入って来るのを陽菜は感じた。 それでも陽菜は冷静さを失わず、迫り来る巨大な貞臣の顔目掛けて、勢い良く右手を伸ばす。 狙いは左目だ! 手には燭台が!  さっき逃げる時に拾ったのは、上から持って来た燭台であった。 貞臣は燭台の針で、左目を突き刺されて、痛みと驚きで声を上げて身体を後ろに仰け反らした。 顔面を押さえた左手の指の間から、左目に突き刺さった燭台が覗く。 陽菜はその隙に逃げ出し、石碑の裏に隠れた。 貞臣はもう一度獣が如き雄叫びを上げて、燭台を引き抜くと、石碑の裏に隠れた陽菜をすぐさま追った。 陽菜は完全に袋の鼠状態であったが、まだ戦う事を諦めてはいなかった。 石碑の裏に周り、石碑を押した。 押せばどうにか倒れるかも知れない!? 陽菜は迫り来る貞臣目掛けて、石碑を押し、倒そうともがく。 押せば簡単にバランスを崩して倒れると思ったのに、地面に根でも生えてるんじゃ無いか!? と思う位びくともしなかった。 「お願いっ!? 倒れてっ!!」 陽菜はびくともしない石碑に身体を預け、全体重を掛けて押した。 その時、陽菜は気が付かなかったが、股の間から流れ出ている血液が石碑に偶然付いた。 その瞬間、石碑は急に重力から逃れて重みを失った様に、貞臣に向かい倒れた! やった! 今度こそっ!! ——と思ったが ……うっそ!? 貞臣は倒れて来た石碑を両手で受け止めて、倒れる軌道を変えると、ひょいと自分の脇に簡単に落とした。 地に着いた石碑は、ドスン! と音を上げて地面を揺らした。 ……もうダメだ。 あんな重い石碑を簡単に……。 万策尽きた上に、貞臣の人間離れした怪力を見せつけられた陽菜の心は此処で完全に折れた。 その場に、へたり込む。もうどうにでもなれと思った。 その時、何者かが陽菜と貞臣の間に立った。 いや立ってはいない。 なぜならそれは、地上から30cmくらい浮いていたから。 それは人間じゃ無かった。 「——そいつを殺してっ!」 陽菜は気付くと、突然目の前に現れた何者かに向かい、そう叫んでいた。 なぜだか分からないが、自分がそう願えば、それに応えてくれると思えた。 次の瞬間——!? ドンッ!! と此処で今まで上がった音の中で、一番大きな音を立てて洞窟が揺れた。 そして、気が付くと神棚の乗った板を支えていた鉄の杭に、貞臣が突き刺さって生き絶えていた。 突然現れた何者かは、陽菜の願いに応えた。 ——それが吠兎と真鍋の出会いであった。
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