真鍋と吠兎

9/9
前へ
/51ページ
次へ
「どう? これが私の処女喪失の可哀想な思い出?」 真鍋はあっけらかんとして、笑い話でもした後のように言った。 そして、さらなる驚きの言葉を続けた。 「秘密で、お父様と私のDNA鑑定をしてみたわ? 血の繋がりは無かった。流石にそれ以上は、もうどうでも良くなって調べなかったけどね。まあ、大体想像は付くわ」 「……あ、あのぉ?」 と言った声が震えていた。 「何?」 「僕、そろそろ門限なんで帰ります……。母に怒られるので」 「はぁ? 君、お母様とは、もうずっと疎遠でしょ? 声震えてるけど?」 「そっ、そんな事ないですよ? 今も家で晩御飯を作って待ってます! もう帰らないと心配する!? 今日、僕の大好物のカレーなんで、もう返してくださいっ!」 半泣きで言った。  「なんで、そういう嘘つくの? ——て言うか、なんで士鶴君標準語なのかな? ん?」 「違うんですっ!? 僕、大阪生まれなんですけど、本当は人生ほぼ埼玉で暮らしてたんです! だから、もう門限が……っ!?」 「そんな事、調べたから知ってるわよ? 門限門限て、意味分かんないわ? 支離滅裂になってるわよ? 三石家の大スキャンダル知って、簡単に帰れると思ってんの? チミィー?」 「えぇ……っ!?」 「別に吠兎なんか使わなくともね? 十分あなた達を三石家の財力と権力で、追い込めるのよ? ある日突然、光熱費が10倍に跳ね上がったり、どこの部屋も借りれなくなったり、女児への痴漢で全国デビューとかも良いわね? 勿論、冤罪でね?」 「そっ、そんな……。そんな事されたら、女の子に一生変態野郎とキモがられてしまうじゃないですかっ?」  「話したく無かったのに、興味本位でズケズケ私の辛い過去をほじくって、逃げれると思ってるの? あなた達2人にはね? 聞いた重い責任があるのよ?」 「そんなに、ほじくって無いじゃないですか……? ちょっと聞いたら、自分から話したんじゃないですか……? こんなヘビーな話だなんて、知らなかったんです……。」 「問答無用! 男でしょっ? 言い訳しないでっ!? 責任取りなさいよ?」 「えぇ……。責任て」 「私に協力すんのよ?」 「えぇ……。」 「秘密も話したし、君たちの事もよく知ってるし、もう私達仲間ね?」 と真鍋は、今までで一番の優しく怖い笑顔で微笑んだ。 「……えぇっ!?」 状況を見守っていた銀太は 「——士鶴、逃げるぞっ!!」 そう叫ぶと、窓に向かい走った。 士鶴はその後を必死に追う。 「涙牙っ!」 銀太の声で現れた涙牙が、窓を破壊すると、2人はそこから闇の中へ飛び出た。 「ちょっとっ!?」と真鍋は後を追い、破壊された窓から外を見て呟く「此処2階よ? まったく。ちょっと脅かしただけじゃない? 男の癖に、根性(こんじょ)無しね……。」と頭を掻いた。 眼下に闇の中を逃げて行く、銀太達が薄っすらと見えた。 闇の中を走る銀太達——。 「お前の標準語、初めて聞いたわ」 「ワイもびっくりしたわっ!」 「あっ、戻った!? お前って、ガチでテンパると標準語になんだな?」 「……。」 比嘉士鶴。25歳にして、どうでもいい新たな自分を発見した夜であった。 「あんなん聞かされて、どないせいっちゅうねん!」 「あれはでもヤバイな。自分から弱みを俺達に握らせて、そこから揺さぶり掛けようってんだからな。あの人は、一筋縄では行かないタイプだよ。もう関わるのをやめよう……。人間関係エグいのはどんな怨霊より苦手だ」 「せやな……。」 そんな銀太達を、真鍋は追う事は無かった。 ただ上から、闇に消えた2人をずっと見ていた。 別に今とっ捕まえても、意味はない。どうせまた会う事になる。 そう確信していたからだ。 一段落ついて、ふっとため息を1つ吐こうとした時——。 ドンッ!! という、爆音が聞こえて、庭の奥で炎が上がるのが見えた。 銀達が逃げた方角だ。 「ちょっと、あの子達何してんのっ!?」 真鍋は血相を変えて、部屋を飛び出した。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加